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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅷ・都と檻と恋敵
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⑰薄暗いところ

 会わせてやるってハワードさんは確かに言った。

 ハッと目を見開いたあたしに、ハワードさんは冷ややかな目を向ける。


「来ないのか?」

「い、行きます!」


 会わせてくれる。誰に、なんて訊かない。

 あたしが会いたいのはただ一人だから。


 あたしがその兵舎の医務室を出ると、廊下に出た瞬間から兵士さんたちの視線がグサグサと刺さった。

 ……ハワードさん、この調子だと女の人を連れてることってあんまりなさそうだもん。物珍しいんだよ、きっと。


 芝の上に道みたいにして敷かれた石畳の上を歩く。颯爽とお偉いさん空気を放つハワードさんの後ろを、あたしはハイヒールでヒョコヒョコとついて行った。

 で、そのうちの一角に建ってたガッチリした石造りの建物の中に入る。中はちょっと薄暗くてひんやりしてた。もう夕方だもん。


 中は詰め所みたいだった。三人の兵士さんが座って事務処理っぽいことをしてた。入って来たのがハワードさんだったから、すごくびっくりしてた。


「大佐!」


 三人は瞬時に立って敬礼してる。そうして、その背後のあたしに不思議そうに目を向ける。ハワードさんは軽く言った。


「彼女は面会だ。私がついて行くから気にするな」


 兵士さんたちは看守なのかも。はぁ、となんとなく返事をした。

 あたしは――この先にディオンがいると思うとどうしようもなくそわそわしてしまった。そんなあたしについて来いとだけ言って、ハワードさんは監獄の中へと向かった。



 あれ? 監獄っていうと少し違う? だって、狭すぎる。

 ここ、拘留所なのかな? この規模の国の牢屋がこれだけってことはないと思う。犯罪者らしき人たちがほとんどいないのも不自然だし。


 ハワードさんは奥の牢へと向かった。手前には誰も入っていない。でも、その空っぽの牢を見てあたしは背筋が寒くなった。

 先を行くハワードさんはぴたりと足を止めると、整った横顔で牢に向かって声をかけた。


「お前に面会人だ」


 どくり。

 牢から返答はない。あたしは慌ててハワードさんの隣まで走った。

 牢の奥で座り込んでる軍服姿の男性。壁から伸びた鎖に手首を繋がれてる。薄暗いけど、誰かと間違えたりしない。


「ディオン!!」


 あたしは鉄格子に飛びついた。ガシャって金属の音が鳴るけど、びくともしない。

 ディオンは心底驚いて目を見張ってた。そんなディオンにあたしは涙を堪えながら呼びかけた。


「ディオン、ねえ、大丈夫?」


 あたしがここにいることがディオンは信じられなかったのかも。ぽかんと口を開けてた。

 そうして、あたしじゃなくてハワードさんに目を向ける。

 ハワードさんは面倒くさそうだった。


「なんだ、こんな娘は知らないとでも言うのか?」

「いえ……」


 と、ディオンは小さく答えた。かと思うと、あたしをきつく睨みつけた。


「すぐに戻れ。船から出るなと言っただろう?」

「状況が変わったんだから仕方ないじゃない」

「仕方なくない。なんでこんなところに来た? お前はいつも――」


 ぐだぐだ言わないでよ。あたしが涙をいっぱいに溜めた目でディオンを見ると、ディオンはそれ以上の言葉を飲み込んだ。


「……ゼノンとエセルは?」

「わかんない。黙って出て来た」

「お前はっ」


 怒んないでよ。そんな疲れた顔して怒られるとつらい。

 あたしと話してても埒があかないとでも思ったのか、ディオンは一度悔しそうに唇を噛むと、ハワードさんに顔を向けた。


「分を弁えろとご不快に思われるかも知れませんが、こいつを早くここから遠ざけて下さいませんか? あなたに頼み事をできるような身ではないと重々承知しておりますが、どうか……」


 ハワードさんはその懇願を冷めた目で見てた。


「陛下と遭遇しないうちにか?」

「……はい」


 項垂れるようにしてうなずいたディオンにもハワードさんは容赦なかった。


「お前の身から出た錆ではないのか?」


 うわぁ、すごい意地悪だ! あたしは思わず言い返してやろうかと思ったけど、ハワードさんはちょっとだけ理解を示してくれた。


「まあ、立場上陛下に逆らえるわけもないだろうが」


 ディオンはぐ、と何かを堪えるようにしてた。そんなディオンに、ハワードさんはつけ足した。それはそれは余計なひと言を。


「ただ、陛下はすでにこの娘には会われている。結構な剣幕でお前の船から出て行けとまくし立てていらしたからな」


 げ。

 ちょっと、ディオンの心労増やさないでよ!

 ディオンの目があたしに向く。その目が、あたしに本当かって訊ねてる。


「え、えっと……」


 口ごもると、ディオンは低い声で言った。


「戻らないつもりで出て来たのか?」


 その声にはどこかあたしを責めるみたいな響きがあった。胸がズキリと痛む。

 エピストレ語を習う条件のこと、忘れてない。

 でも、ディオンのその様子から、まだそばにいていいのかなって少しだけ思えた。


「そうじゃないけど――」


 ただ、そんな問答をしてるうちにもう一人、ディオンに会いに来た人がいた。

 うん、愛しいディオンに――。

 

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