⑯フザケルナ
ハワードさんはすごく冷めた口調で言った。
「陛下は平素、政治的な決断力、人の上に立つ資質、そうしたものは兼ね備えておられる。それは努力の末に身につけられたものだと私は思うし、そうした面を尊敬もしている。けれどな――」
口も挟めず、あたしはハワードさんを見上げてた。
「その『女王』という衣を脱いだ彼女は、愚かなただの女だ。ディオン=フォーマルハウトは他のヤツらに比べたら多少はマトモかも知れない。けれど、あのように周知されるほどの執着を見せるのは感心しない。彼女は時に女王という立場よりも自分を優先しているように思われるのだ」
だから、とハワードさんは言う。
「お前も陛下も同じだと言うんだ。恋に浮かれて周りが見えない女だと」
……で、ハワードさんは、そういう女の人が嫌いだって言いたいわけね?
えっと、あたしはここでどうしたらいいのか。
ゴメンナサイとでも謝る? ――なんてね、笑っちゃうよ。
ねえ、あたしはディオンのためにここに来たんだ。でもね、この人にはひと言言わなきゃいけない。
『女王』としてしか陛下の価値を認めない、こういう固い頭にあたしも腹が立つから。
「周りが見えない? そうですね、あたしにとって一番大事なのはディオンですから、そこは否定しません」
あたしはそこまで言うとベッドの上で立ち上がってやった。そうしたらあたしの方がハワードさんを見下ろす形になる。
頭のてっぺんに血が上ってるんだか下がってるんだかよくわからない状態で、あたしはハワードさんを見下ろしながら言ってやった。
「あたしはただディオンが好きで浮かれてるのかも知れない。陛下も同じように浮かれてるんだとして、それをそういう風に言う前に少し考えてみてよ。女王なんて立場で生きてくの、絶対しんどい。そのつらさを恋心で支えてるのかも知れないじゃない。そうした時だけが陛下が生きてるって実感できる時なのかも。女王だから全部我慢しろとか、そういうの、ふざけるな――」
……あ、言い過ぎた。
ハワードさんは唖然としてる。
あたしは少しだけ反省して小さくスイマセンと謝った。
「……お前は結局何を言いに来たのだ?」
そんなことを言われた。
そうだよね、あたしもなんでこんなこと言ってるんだろうと思う。
「当初の目的は、ディオンを解放してもらうように動いてるつもりだったんですけどね」
「私に暴言吐きながらか?」
ぼ、暴言ですか? 多少は……吐いたかな……。
でも、ハワードさんは怒ってるって風じゃなかった。呆れてはいると思うけど。
顔つきがそれを物語ってる。
「女の意見だな」
そんなことを言われた。当たり前でしょうが、とはもう言えない。
ただね、そう言ったハワードさんの表情が少しだけ穏やかだった。
「生きている、か」
あたしはこくりとうなずいた。
「華やかに見えて、王様って立場は孤独と不安と背中合わせなんじゃないかなって、対面して少しだけ思いました。ディオンは必要以上には媚びない人だから、陛下もディオンのことを信じていられるんですよね。だから、ディオンが離れて行ったらと思うと怖くて、牢に入れたり過剰なことをしちゃったのだとすると切ないです。あ、もちろん出してはもらわないと困りますけど」
「ただの小娘が陛下の御心を知った風な口を利く」
「男性のあなたよりは近いんじゃないですかねぇ。だから自分のも人様の恋心も馬鹿にされるのは同じくらい腹が立ちます」
って、またつい失礼なことを言ってしまった。だって、ハワードさんも失礼なんだもん。
「面倒なヤツだ」
あーはいはい。
もう、この人に頼んでも仕方ないのかもってあたしは少し思い始めた。ディオンが無事に帰されたとして、私掠免許とかそういうのもどうなるんだろ。
あたしにどうにかできる問題じゃないよね……。本気でさ、ディオンのそばからあたしがいなくなれば陛下は免許を取り下げたりしないのかな? ディオンもさ、ハワードさんみたいな考え方をしてるのかもね。恋に浮かれるような女は面倒だって。あたしがいない方が、ディオンは――。
どうしよう、手詰まりになると泣きたくなる。気持ちが塞いで悪い方にしか考えが行かなくなる。
急に黙り込んだあたしに、ハワードさんは深々と嘆息した。
「まあいい、来い」
「え?」
「一度くらいは会わせてやる」
それって――……。