⑬一等地
結局、ヘイリーにドレスから靴まで買ってもらってしまった。ついでに言うと、日傘も。
この傘があるとみんなに見つかりにくくていいな、なんて。こんな格好じゃ誰だかわからないとは思うけどね。
しかし、ハイヒールってなんて歩き難いんだろ。都のお嬢さん方はこんなの履いて平然と歩いてるんだからすごい。あたし、いざとなったら脱ぎ捨てるからね。
ドレスの下には拳銃。これ、試着する時に隠すの大変だった。
別に暗殺に行くわけじゃないんだけど、用心のためにね。それに、失くしちゃゼノンに申し訳ないし。
ヘイリーは大通りの十字路で辻馬車を拾った。こんな風に馬車に乗ることなんてあんまりないから、窓の外をじっと眺めてたら、通りでエセルっぽい後姿を見たような気がした。ドキッとしたけど、一瞬だったから見間違いかも知れない。
あんな伝言方法ではちゃんと伝わってなくて、あたしを探し回ってるとしたらほんとにごめん。帰ったら謝るね。
そうして、馬車はどんどん進んで行く。お城が近くなった。青空に白い外壁が眩しい。……いきなりお城に突入とかしないよね?
そんな心配は要らなかった。道中で馬車は止まったんだ。
ヘイリーは馬車から先に降りてあたしの手を取って降ろしてくれた。
あちこちに緑の芝が綺麗に広がる敷地がある。聳え立つ屋敷はもちろんのこと、アーチや柵も装飾的でお金かかってそう。
馬車は停車して待ってくれてる。その隣でヘイリーは言う。
「さて、ここは貴族の邸宅が並ぶ一等地。俺と並んで歩いていると、まああんまりいい印象は受けないからな。一緒に行動するのはここまでだ」
なんだかんだですごくお世話になったのかも。ここまで連れて来てもらったし。
「うん、ありがとうございます。このお礼はいつかディオンがしてくれるだろうということで」
「そっちか。お前が払ってくれた方が俺は楽しめるんだが」
「陛下に怒られますよ?」
「ハッ、陛下はそれほど俺には執着してない。セラスみたいにヘマしたらポイってところだ」
そうなの? 思ってたより頼りになるし、そこまで悪い人でもないみたいだけど。
なんて思ってたあたしに、ヘイリーは笑う。
「でもまあ、お前の存在で面白いことになりそうだ。あの時みたいに引っ掻き回してみせろよ」
「そう簡単じゃないでしょ。下手したら首が飛んじゃうし」
それに、ディオンもどうなるかわからないんだから。それを回避するためにハワードさんの協力を仰ぎに来たんだけどさ。
そこでヘイリーはこんな状況なのに楽しそうに言った。
「ディオンにとってお前は幸運の女神か疫病神か。まあ結果を楽しみにさせてもらおう」
「楽しくないですってば……」
あたしがぼやくと、ヘイリーはあたしに背中を向けて手を振った。そうして馬車に乗り込むと、そのまま馬車を走らせた。
助けてもらえるのはここまで。ここからはあたしが自力でなんとかしなくちゃいけない。ヘイリーはあたしが何かをできると思って手を貸してくれたんだ。若干面白がってたような気がしないでもないけど。
ここまでしてもらってガッカリされる結果にはしたくない。
でもさ――。
「ハワードさん、どこよ?」
この一等地、広いんですけど!
どの辺りにいるの? ハワードさんの家、どこ?
ヘイリーは教え忘れたのか、わざとなのかどっちだろ。ちょっとだけわざとって気もする。
でも、それくらい自分でなんとかしろってことだよね。よし、がんばろ。
あたしはドレスと一緒の白い日傘をパンと開くと、なんとかして優雅に歩いてみせた。……とか言って、傍目にはおかしな動きにしか見えなかったりして。
ハイヒールでうろうろしたら、すぐに足やられるな。闇雲に歩き回るんじゃなくて、ちょっと頭使わなきゃ。
ええと、ハワードさんは確か公爵家の人間だって言ってた。公爵といえば王族に次ぐ偉い身分。貴族の中でトップだ。
ってことは、この一等地の中でも相当にいい家だと思う。それもお城に近い方に建てることを許されてるんじゃないかな。
あたしは日傘を差しながら城を見上げて歩く。そう、こっちで多分正解だ。
そうして、歩きながら更に考える。
ハワードさんって軍人なわけだよね。そうすると、兵舎に泊り込むとか、そういうこともあるの?
この辺のお屋敷まで帰ってくるのかな? あの様子の陛下が気がかりだったら、すぐに駆けつけられる城の敷地の中にいる可能性の方が高いのかもって気がして来た。
あたしは意を決して通りかかった初老の紳士に声をかけた。
「ごきげんよう」
嘘くさい挨拶。マリエラのマネとか言ったら怒られるけど、ああいう喋り方でいいんだよね?
「ああ、こんにちは。お嬢さん、一人で散歩かね? 年頃のお嬢さんが昼間とはいえ無用心だね」
ギク。
そうだ、イイトコのお嬢様は乳母とか侍女とかお供がいるんだ。そこまでは思いつかなかった!
仕方ないな、ひと芝居やるしかない。
「え、ええ、実は家の者には内緒で出て来てしまいましたの」
よよよ、と弱々しく顔を背ける。
「ハワード様にひと目お会いしたくて……」
とか言ってみる。すると、紳士は全然疑わなかった。もしかして、そういう娘多い?
「ああ、なるほど。確かにプロキオン家はあちらだけれど、彼はあまり屋敷に戻っていないようだね。城に入り浸って新兵の訓練に明け暮れているそうだ。国民としては頼もしい限りだが」
やっぱりか。
がっくりと項垂れたあたしに、紳士は申し訳なさそうに言った。
「せっかくここまで来たのに残念だったね」
「あの、ひと目でいいんです。その訓練している場所が覗けるようなところってありません?」
ご令嬢は覗きなんてしないとか、そんなこと言ってられない。紳士は優しくて、あたしがはしたないとか言わなかった。
「うぅん、一般公開されている場所ではないからね」
だからって、諦めるなんてことはしない。とりあえず、その訓練場を目指そう。
「えっと、その軍部の訓練場はお城の方ですよね?」
「ああ、そうだけれど――」
「わかりました。ありがとうございます」
あたしはぺこりとお辞儀をすると城を目指す。振り返ったら呆れた目をされてそうだから、あたしはもう振り返らない。前を向いて行こう。