⑪来たよ
えーと、そこは以前あたしとマルロがつかまってしまった下町の酒屋。
誰につかまったのかっていうと、ディオンと同じ女王陛下のお気に入りの青年たち。セラスとヘイリーって対照的な二人だったんだけど、二人で結託してディオンを陥れようとしてた。正確には、お互いが信頼しあってなくて出し抜こうとしてたんだけど。
セラスは多分、女王陛下から見限られて栄達も何もあったものじゃなくなったと思う。
ここはヘイリーの手下のゴロツキがたむろしてる場所。まだ明るいからか、酒場にしては静かなものだよね。あたしは正面から堂々と中へ入った。
「こんにちは!」
昨日の晩に飲み過ぎたのか、カウンターと丸テーブルにそれぞれ突っ伏してるゴロツキがいた。あたしはゴロツキの顔なんて全然覚えてないんだけど、向こうは覚えてくれてたみたい。
「お、お前――!」
あたしはにっこりと愛想笑いをしてみせた。
「ヘイリーさんいます?」
「……ここにはいねぇよ」
冴えないゴロツキの人が苦虫を噛み潰したみたいな顔で言った。
「そうですか。じゃあ呼んで来て下さい。待ってます」
何その図々しいなコイツって顔。
「急ぎの用事なんですよ。後で怒られても知りませんよ」
とか言ってみる。
チッと舌打ちしてゴロツキさんたちはボソボソと話し合って、それから一人が去った。うん、単純。
ハッタリでも強気で出たら疑わないんだから単純だよ。
さて、座って待とう。あたしは椅子を勧められないので勝手に手前の机のそばに座った。ゴロツキたちがジロジロとあたしのことを見るから、とりあえずは愛想を振り撒いておいた。あたしがディオンの手下だって知ってるんだから下手に絡んでも来れないみたい。
で、三十分くらい待ったかな。ヘイリーが来た。
今日は割とちゃんとした服装。趣味はイマイチだけど。そうしてると貴族っぽい。
「ご無沙汰してます」
あたしは笑顔で礼儀正しく挨拶した。
ヘイリーは彫りの深い顔をあたしに向け、大きくため息をついた。かと思うと、あたしが座ってるそばまで来てテーブルにドン、と両手をついた。
「相変わらずいい度胸してるじゃねぇか」
「それほどでも」
あ、睨まれた。
ヘイリーはあたしの向かい側にドカリと座る。その途端、小馬鹿にしたように笑った。
「ディオンのヤツ、面白いことになってるな」
ムッ。
面白くなんてないし。
「まあ、ディオンは陛下のお気に入りですから。たまにはこういうこともあるでしょう」
あたしは平常心平常心と心で唱えながら言い放つ。
すると、ヘイリーは目を細めた。
「なんだ、お前、俺に鞍替えするつもりで来たのか? だとしたら大したもんだな」
内心ではふざけるなと思いつつも笑顔で耐えた。
「あら、そう見えます? でも、お願いがあって来たのは事実なんですよねぇ」
途端に嫌な顔をされた。そりゃあそうか。
「純粋に俺に会いに来たって言われたいところだがな」
「あらやだ。ヘイリーさんは『陛下の』でしょ?」
「ディオンもな」
それを言うか……。
まあいいや、本題に入ろう。
「あのですね、ヘイリーさんはハワード=プロキオンさんって知ってます?」
あたしがその名前を出すと、ヘイリーは目を瞬かせた。
「知ってるかって、知らないヤツがいるのか?」
そんな有名人? あたしこの国の人間じゃないから知らなかったもん。
「知ってるなら話が早いですね。あたし、その方にお会いしたいんですけど、会わせて頂けます?」
あたしが頼んだのはかなりの無理難題だったらしい。ヘイリーは額に手の平を当てて深々と嘆息した。
「あのな……お前自分が何を言ってるかわかってるのか?」
「ええ、もちろん」
「お前がハワード殿に近づくことなんてできると思うか?」
「一度お会いしました」
って言ったらヘイリーはすごくびっくりしてた。
「そりゃあ運がよかったな。でも、二度はないぞ。あの人は軍のお偉いさんだからな。管轄も違うし、俺もそうそう会う機会はない。それに……あの人は陛下の周りに侍る男は気に食わないみたいだからな。俺が会おうとしたところで相手にはされないな」
『女王の恋人』が気に食わない?
「ハワードさんって陛下のことがお好きなの?」
そう訊ねてみたら、これだから小娘は――みたいな呆れた目をされた。何よ?
「そんな単純な話じゃない。私生活とはいえ陛下の行いが軽はずみだとあの人は思うんだろう。真面目な御仁だからな。……まあ、あんな人が参戦したらさすがに勝ち目もないから助かるが」
確かにちょっと冷ややかだったかも。
「ディオンからハワード殿に乗り換えるつもりなら大した玉だが、ただの馬鹿だぞお前」
「そんなわけないでしょうが! ディオンを助けるための鍵を握るのはハワードさんだと思ったの!」
ヘイリーはへぇ、と小さくつぶやいた。
「確かにそうだな。あの人なら陛下に対してそれくらいの影響力は持ってるかも知れない」
でも、会うのが困難か……。ヘイリーも貴族みたいだからその伝手で何とかなるかと思ったんだけど、甘かったな。
「うーん、どうしたもんでしょ?」
あたしが考え込むと、ヘイリーも少し考えた。そうして、じぃっとあたしを見つめた。……な、何?
そこでヘイリーはあっさりと言った。
「そうだな、下準備くらいは整えてやろう」
「ほんと? ありがとうございます。上手く行ったら、ディオンにはヘイリーさんが力になってくれたって言いますね」
抜け目ない相手だって知ってるけど、大局を見据えることができる人間でもある。だからね、今ここであたしに――ううん、ディオンに恩を売っておいて損はないって思わせておかなきゃ。
ヘイリーは不意に言った。
「そういえば、お前の名前は?」
あら、名乗ってなかったっけ?
「ミリザ=ティポットです」
そうか、と短く言ってヘイリーは立ち上がった。
「じゃあ、ミリザ、行くぞ」
え? いきなり?
いやいや、怯んでる場合じゃないな。
「はい! ちなみに、ディオンの船の人間にあたしの居場所がバレないようにお願いします」
念のために釘を刺したら、ちょっと面倒くさそうな顔をされた。
こっちにも色々とあるんだってば……。