⑩やるべきこと
陛下が来た時にエセルとゼノンがいなかったのは偶然だけどさ、いなくてよかったなって思う。
あの二人はあたしを庇ってくれたと思う。だから余計に陛下を怒らせたかも知れない。
――そう、あの二人がいないこと。
これがね、あたしの背中を押すことになったんだ。
大人しく待ってるのは性に合わない。
あたしがやるべきことはひとつなんだ。動けるのは今しかない。
あの二人が帰って来る前に動き出さなきゃ。
掃除用具を取りに来たフリをして、あたしはパルウゥスたちの部屋で自分の荷物を入れてあるツヅラを開けた。ごそごそしてると、ヴェガスが近づいて来る。
「ミリザ?」
「あ、うん、どっちみちしばらく動けないし、ゼノンに拳銃のメンテナンスを頼もうかと思って」
「そうか……」
ヴェガスも不安はあるだろうけど、ヴェガスたちはここで待ってるしかないもん。誰かに捕まったりしたら大変だ。
「じゃあ、後でね」
そう言い残してあたしは拳銃を手にそこを出た。そうして、次に向かった先はゼノンの部屋なんかじゃなくて――取り込んだ洗濯物を畳んだり仕分けたりするのに使ってる小部屋。そこであたしは素早くホルスターを太ももに装着すると洗濯物を探った。
その中から適当なシャツとパンツを取り出して着替える。この際だから誰のでもいい。
あたしには大きいから裾も折って、長い髪はシャツの背中に入れてバンダナを巻いて隠した。一応、脱いだ服は袋に入れて小脇に抱える。――よし。
タタタタ、とそのまま廊下を走って一気に甲板まで上がった。そこからはこっそりと人目を避けてマストの陰に隠れながら進む。うん、みんな出払ってるから甲板の上にいるのは二人だけ。跳ね橋は降ろしっ放しだし。
あたしは隅っこに置いてあった小さい木箱を手に取る。これ、あたしが洗濯物を干す時の踏み台。
それを持って、跳ね橋の入り口に下ろすと、精一杯の作り声でうつむきながら言った。
「毎度! これ、ゼノンさんに頼まれた商品です。まだ他の店を回るってんで先に配達させて頂きました。じゃあ、今後もご贔屓に!」
配達員を装ってみる。すたこらさっさと跳ね橋を走り去るあたしの背中に、お疲れさんと声がかかった。……ちょっと、チョロすぎるってば。今は助かるけど悲しくもなるなぁ。
思いっきり走り抜けると、あたしは港にいた手紙配達っぽい男の子を捕まえた。前にこの辺りで会った子とは別人だ。ちょっと大人しそう。
「えっと、伝言お願いできる?」
「は?」
紙とペンが用意できたらよかったんだけど、そんな隙なかったから。
「今すぐじゃなくていいの。もう少し後でね、ディオン=フォーマルハウトの船、ヴァイス・メーヴェ号の誰かに『ちょっと出てきます。戻って来るから心配しないで』って伝えてほしいの」
「え、あの、僕、仕事が……」
「お願いね」
って強く言い残して、あたしはその子に背中を向けて駆け出した。
ごめんね、報酬はファーガスさんに一食くらい食べさせてもらってということで。
パタパタと走り抜けて、あたしは港の倉庫の陰で素早く着替えた。ワンピースだから頭から被れて簡単。
さてと、あんまり時間はないし的確に動かなきゃね。
あたしが船を降りたのは、陛下の命令通りに出て行くためじゃない。
――陛下はあの時言ったから。そんなに解放してほしければ自分で迎えに来てみせろって。
できるわけない。無理難題。あたしみたいな何の力も持たない小娘じゃ門前払いだよ。
それがわかるから、陛下もあんな意地悪言うわけだ。
できるわけないってあたしだって思うけど、試しにやってみるのもひとつの道だよね。
思えばあたしってアレクトール王国の出身なわけじゃない? だったら、ルースター女王に従わなきゃいけない理由なんてなかった。陛下の持ってる空気に飲まれちゃったけど、次こそはちゃんとしなきゃ。
大丈夫。あたしはまだ戦える。そのための準備をしなくちゃ。
エセルやゼノンに見つかったら終わりだから、上手く立ち回らないとね。
この王都であたしは不案内。でも、ひとつだけ行こうと思っている場所があるんだ。
あたしはそこへ向けて急いだ。
この選択が失敗じゃなきゃいいんだけどね。