⑦悪い知らせ
ディオンが投獄?
あたしはゼノンの言葉の意味がすぐに飲み込めなかった。
なんで? 何が理由で?
あの卒のないディオンが、牢屋に入れられるようなことをするわけない。
でも、それならどうして?
目の前がカッと白んだ。ぼうっとしたあたしの腕にマルロが肩をわざとぶつける。……そうだ、しっかりしなきゃ。
あたしは気を持ち直して話の先を待った。
「投獄ということはディオンになんらかの落ち度があって、それを咎められたと?」
ファーガスさんは冷静にそう訊ねる。こんな時でも落ち着いていられるのは、それだけの経験をして来たからなんだろうな。
ゼノンはしょんぼりとうつむきながらつぶやく。
「それが、詳細はよくわからなくて……。ディオンはいつもみたく陛下のお呼びがかかって別室に行ったんだ。それから一時間くらいの間、俺たちは城の中で待ってて、そうしたら事務官の方が――ディオン=フォーマルハウト海尉は陛下のご不興を買い、投獄された。沙汰は追って知らせるので船で待てって……」
ご不興? ……どういうこと?
考えたってわからない。頭がどうにかなりそう。
そんなあたしをエセルはじっと見つめたまま、ふぅ、と小さくため息をつく。
「ディオンは陛下のお気に入り。それも他の連中とは別格だったからな。突然の失脚に周囲の嬉しそうなことっていったらなかったな」
軽く明るく努めた声。でも、エセルなりにそういう周囲の反応が悔しかったんだってわかる。
「……陛下は何が気に入らなかったんだろう? ディオンがそんなヘマをするとは思えない」
マルロも心配そうに、少し怒った口調で言った。ファーガスさんは口髭に手をやりながら考え込む。そして、落ち着いた声で冷静な指示を出してくれた。
「ゼノン、エセル、まずは手の空いている船員と手分けして、王都に出払っている船員に通達してすぐに船に戻すんだ。外にいてはいらない火種になりかねない。それから、買出しをして来てくれ。滞在中と帰りの食料も念のためにこの段階で確保しておいた方がいいだろう」
事態がもっとややこしくなる前に備えだけはしておこうってことだ。
的確なファーガスさんの指示に二人もほっとしたみたいにうなずいた。
「ああ、わかった」
「買って来るものを書き出すから、少しだけ待ってくれ」
エセルはひらりと身を翻した。
「僕は先に船員を呼び戻しに行くよ。少しでも早い方がいいだろ」
船を降りた船員のみんなが行きそうなところって、多分娼館とか女の人のところ。その辺りはエセルが詳しいから、適材適所?
あたしはやっと声を絞り出した。
「気をつけてね!」
それだけを言うと、エセルはすごく嬉しそうに笑って手を振った。……こういう瞬間に、ほんとにあたしのことを好きでいてくれるんだなって感じる。だから、ちょっと苦しいなんて思うのは贅沢なのかな。
あたしは……。
今のあたしがディオンのためにできることってなんだろう?
「あ、あたし、パルウゥスのみんなに説明して来る」
そう言うと、ファーガスさんもうなずいた。
「ああ、そうしてくれ。ディオンがいない今、彼らと話せるのはミリザだけだからね」
ほんとはヴェガスならみんなと公用語で話せるんだけど、それは内緒のことだから。
「うん、行って来ます」
あたしも覚束ない足取りで駆け出した。ヴェガスに早く話したい。
で、あたしは早口でまくし立てるようにしてヴェガスに事情を説明した。
船を漕ぐ必要もないから、ほんとはもっとくつろいでいられたはずなのに、みんな一ヶ所に集まって緊張した面持ちでいたのは、不穏な空気を感じ取ってたからかな。
説明もちょっと複雑すぎてエピストレ語では時間がかかるから、公用語だ。それを理解できないスタヒスたち他のパルウゥスはあたしの剣幕に目を白黒させていた。
ヴェガスも驚いて目を瞬かせている。
「ディオンが?」
「うん、陛下はどうして……」
「ミリザ、ディオンなら上手く切り抜けられる。だから落ち着くんだ」
「う、うん」
ヴェガスがそう言ってくれると心強い。そうは思うけど、あたしは不安からまた泣きたくなった。でも、もう泣かなかった。
今はディオンのために何かをしたい、その思いがある。泣いてる場合じゃない。
あたしのことなんてなんとも思ってないのはわかってるけど、それでもあたしは――。
そう考えてはた、と気づいた。
ねえ、もしかして、陛下も同じなの?
手に入らないディオンの心――それに気づいて、それがもどかしくて、権力を使って従わせようと思った?
なんて、国で一番偉い女王陛下がそんなこと考えるわけないかな。前に壁越しに聞いた声は凛として誇り高かったし。
でも……。
もしそうだとしたら悲しいな。
勘違いかも知れないけど、あたしはこの時、陛下をすごく身近に感じた。
ディオン。ディオンは今、何を思いながら牢にいるのかな――。