⑭バンシー
ドン!
荒っぽくドアを叩く音であたしは目覚めた。ハッとして辺りを見回すと、部屋の中は真っ暗だった。この部屋、窓ないもん。まだ夜なのに、なんだろ?
あたしが恐る恐る扉を開くと、そこには仁王立ちしているディオンさんがいた。なんか怒ってる?
身に覚えはないんだけど……。
「えっと、何か?」
特にやましいこともないから、あたしは面と向かって訊ねた。すると、ディオンさんはイライラした様子で言う。
「うるさい! メソメソと、お前は泣き妖精か!」
言われてみて、あたしは自分の頬が涙に濡れてることにやっと気づいた。
「あら? おかしいですね?」
無意識だもん。そんなに怒らないでよ。
でも、安眠妨害だったなら悪かったかな。
「わかりました、気をつけます」
あたしがそう答えると、ディオンさんは無言で扉を閉めて部屋に戻った。
う~ん、どうしようかな?
色んなことを思い出したり考えたりしたら、もう眠れなくなっちゃった。
あたしは過去なんて思い出したくないのに。思い出は、死んだお母さんだけでいい。
☠
「ねえねえ、ファーガスさん。この船は後どれくらいで陸に着くんですか?」
あたしは朝食の支度をしながら訊ねた。軽くローストし直したグラノーラをザラザラと皿に入れ、ドライフルーツも加える。栄養満天。
「うん? 早ければ後三日だ」
「三日かぁ……」
ぽつりとつぶやくと、ファーガスさんはクスリと笑った。
「なんだ、陸が恋しいのか? まあ、普通はそうだろう」
もちろん、揺れない地面は恋しい。でも、それだけが理由ってわけじゃない。
あたしは小さい頃から港町で育ってるから、船には慣れてる方。そうじゃなくて、なるべく寝ないでいようと思うと、あんまり先が長いと無理だなって。でも、三日くらいならギリギリ行けるかな。
ディオンさんにああ言われるとね。
大丈夫、それくらいなら根性で寝ないでいられる!
その日の晩は、まず横にならなかった。座ったまま、壁にもたれかかっていた。
そうしていると、色んなことを考えちゃう。
あたしがいなくなって、オヤジたちはあたしを捜したかな?
金ヅルがいなくなったんだもん。捜したと思うけど、こんなところにいるんだから見つかりっこない。
悪いなんて思ってない。だって、死んだ本当のお母さん、死の間際に泣きながらあたしの手を握って謝ったんだ。残して逝ってごめんねって、何度も何度も言った。
あたしが自由に幸せになることが、そんなお母さんのためにもなるんだって信じたいよ。
膝に顔を埋めると、背にした壁からディオンさんが寝室に移った足音と扉を閉める音がした。
そっか、今から寝るんだ? お疲れ様。
今日は邪魔しないからゆっくり休んでよ。
ああ、眠らない夜って長いんだなぁ……。
☠
寝ない。眠くない。
…………。
寝ない。眠くない。
…………。
ね、眠くないってば。
一緒に芋の皮を剥いてたマルロが、正面からじっとりとあたしの顔を見てた。そうして、顔をしかめる。
「おい、スピード落ちてるぞ。それに、剥き残しが多い」
「え? あれ?」
言われて見ると、クオリティ低い! だ、駄目だこんなんじゃ!
仕事に支障を来たしちゃ駄目!!
「ごめん! すぐ直すね」
あたしは剥き残しのある芋をもう一度手に取って丁寧に皮を落とした。二度手間だ。情けない……。
そんなことをしてると、ファーガスさんがあたしの手もとを覗き込む。
「ミリザ、少し疲れているんじゃないか?」
「そんなことないですよ」
笑ってごまかすと、ファーガスさんは嘆息した。
「お前は女の子だ。体力がみんなより劣っているのは仕方のないことだ。あんまり無理をするな」
「大丈夫ですって。ファーガスさんって結構心配性なんですね」
それ以上の言葉を、あたしは笑顔で遮断した。さてと、と立ち上がる。
「じゃあ、ささっと船長室の掃除して来ますね!」
昼間の時間帯ならディオンさんはいない。他の船室はそれぞれの乗組員が自己管理で掃除するけど、船長のディオンさんだけは別だ。船のことは何もできないあたしかマルロの分担。
箒と雑巾、水の入ったバケツ、叩きを持って船長室に行く。あんまり触るとうるさいから、簡単な掃き掃除と吹き掃除だけ。
……あ、一人になると気が抜けちゃう。少し睡魔に襲われる。
ちょっとくらいなら寝てもいいかな? 今なら誰もいないんだし。もしかすると今ならぐっすり寝ちゃって静かかも知れないし。
なんて誘惑と、仕事中にそんなの駄目っていう理性があたしの中で渦巻く。
そうして、理性が勝った。
後二日。ほら、大丈夫。すぐだよ、そんなの――。