⑤王都到着
着いたよ。
明るい、爽やかな空の下。王都へ到着。
あたしは船室の窓から王都へ、このヴァイス・メーヴェ号が入港するのを眺めていた。前に来た時と同じ……ううん、少し船が少ない気がする。哨戒に出た船が多いんだもん、そりゃそうだよね。
ディオンは甲板でいろんな手続きをしていると思うんだけど、一度くらいは戻って来るはず。あたしはそう思って船長室へ向かった。鍵はかかってなくて、扉はすんなりと開いた。
窓際でぼーっとしてると、しばらくしてやっぱりディオンが戻って来た。
「……なんだ? やっぱり外に出たいとか言うなよ」
なんて顔をしかめる。凛々しく海軍の制服を着こなしてるディオンはいつも以上にカッコよく見えた。
だからあたしは余計にため息が漏れる。陛下も惚れ惚れしなのかなって。
「そんなこと言わない。約束だから」
あたしがそう言うと、ディオンは納得してくれたのか無言で室内に入った。
「待つ間の宿題でもほしいのか?」
そんな単純な話じゃないし。
「ううん。ディオンの顔が見たかっただけ」
正直にそう言ったら、また嫌な顔をした。照れてるのか、本当に嫌なのか、どっちよ?
……ほんとに嫌だとか言われて終わりそうだけど。
「ねえ、ディオン、大丈夫?」
思わずそんなことを言ってしまった。そんなあたしに、ディオンは眉根を寄せる。
「どういう意味だ?」
「わかんない。ただなんとなく」
直感で動いたり喋ったりするあたしに説明なんてできないよ。ただそう感じただけだから。
ディオンは苦笑した。
「説明もできないようなことを言うな」
うーん、そうなんだけどさ……。
「そういえば、セレーネライトは? 陛下に献上するの?」
思えば、何度もあたしの危機を救ってくれた宝石なんだよね。あたしには相応しくない価値の宝石だけど、密かに感謝してるから、もう見られないと思うとちょっと寂しい。
でも、ディオンは意外なことを言った。
「いずれはするかも知れない。ただそれは今じゃない。だからお前もセレーネライトのことはベラベラ喋るなよ」
お、駆け引きの道具として、最後の手段にまで取っておくの?
セレーネライトにはそれだけの価値があるってこと。
「そっか」
あたしがそれだけつぶやくと、ディオンはじっとあたしに目を向けた。
うん? よくわからないけど、ちょっと嬉しくて笑って見せた。
でもね、ディオンは唐突に――言ったんだ。
「オレにとってお前は、マルロやマリエラみたいなものだ」
「へ?」
一瞬、ディオンが何を言い出したのかわからなかった。それでも、ディオンは容赦なく続ける。
「船に乗せて、エピストレ語を教えている以上、ある程度の近い存在ではある。でもな、だからってお前だけが特別じゃない。島にいようと思うなら尚更、そこだけははき違えるな」
……っ。
うわ、すごくはっきり言われた。
曖昧な態度だとあたしがいつまでも諦めないから、ディオンなりにはっきり言わなきゃいけないんだって考えてくれたんだ。
わかってる、はっきりさせようとしたのは優しさからだ。本当は突き放すの苦手なのもわかってる。あたしが他に目を向けて進めるように、言うんだ。
……でも、痛い。
望み薄だって最初からわかってたし、覚悟もしてたつもり。それでも、やっぱりそんな覚悟は全然足りない。
何か言わなきゃ。何か言わなきゃって思うほどに何も言えなくて、あたしののどからはかすれた音が漏れただけだった。
そうして、気づいたらぽろりと涙が零れてた。……どうしよう、涙なんか見せたくないのに。
どんな時でも笑ってやり過ごせる自分でいたいのに、現実はこんなにも無様だ。
ディオンはいつも厳しいことを言う。それにへこたれないあたしだと思ってる。だから、ディオンもあたしのそんなリアクションに驚いてた。
今はなんでもないことみたいにやり過ごすことがどうしてもできなくて、あたしはディオンの横をすり抜けて最下層の漕ぎ手座に駆け下りた。途中、誰に会ったのかなんて覚えてない。顔を見られないようにずっとうつむいてた。
船を停泊させて休憩していたヴェガスがあたしに顔を向けた途端、あたしはその穏やかな空気に余計に涙が止まらなくなった。ヴェガスにすがりついて泣くあたしをパルウゥスのみんながおろおろと囲んでくれた。ヴェガスは優しくあたしの背中を摩りながら、何も訊ねないで泣かせてくれた。