④騒がしい海
蓄えは十分。今度は貢物を持って王都まで女王陛下にお会いしに行くわけ。
でもさ、ディオンは陛下のお気に入りなんだから、甘い言葉のひとつふたつ上辺だけでも言ったなら、それで陛下は上機嫌なんじゃないの?
ほら、まだ陛下に差し出せるような装飾はされてないけど、セレーネライトっていう奥の手もあるんだし。
ディオンと陛下の接触はあたしにとって面白くないけど、でも、それも仕方ないことだってわかってる。島の今後を思えば、あたしもわがままは言えない。大体、あたしがディオンの心を独占できたことなんてないんだ。そんな風に考えたら切ないけど……。
王都に行く予定の日が段々と近づいて行く。
ディオンはくどいくらい、王都へ連れて行ってほしかったら船から降りないって約束しろって言った。
仕方ないから、それでもいいから連れて行ってって返した。
ほんとにそれでいいんだ。島で待ってるよりはディオンと共有できる時間が少しでも多い方がいい。
女王陛下にお会いしに行くディオンの背中を直に見送らなきゃいけないとしても……。
そんなわけで、今回もなんとかして船に乗せてもらえることになった。
優秀な船の漕ぎ手、小人族のパルウゥス。リーダーのヴェガスを筆頭に、彼らがガレー船ヴァイス・メーヴェ号を動かしてくれる。パルウゥスのみんなを後押ししてくれるいい風に恵まれた出航に、あたしも甲板でそれを感じながら嬉しくなった。白い帆がキラキラとした太陽の光を受けて眩しい。
さて、こうして船に乗せてもらったからには一生懸命働かないとね。
ファーガスさんはいつも通りあたしとマルロに容赦なく仕事を振る。あたしたちは二人がかりで船室を回ってすべてのベッドにシーツをかけた。今回は大きなガレー船だからね、シー・ガル号よりも船員が多いから、結構な重労働。
それがようやく終わった頃には、島の奥様方が持たせてくれたサンドウィッチが待っていた。新鮮なミルクもある。
なんだろうね、屋敷で落ち着いて食べるのもいいんだけど、船で慌しく食べる食事も嫌いじゃない。
うん、よく煮込んだお肉にソースが染みてて美味しい。レタスもシャキシャキだし、パンはフワフワで小麦のいいにおいがする。
みんなはもう食べ終わってるから、食堂で食べてるのはあたしとマルロとファーガスさんだけ。ディオンにはファーガスさんが運んでくれたし、パルウゥスたちのところへも行ってくれた。今回は料理をする手間がなかったからね。
美味しいから夢中で食べてると、隣のマルロが呆れたような目を向けた。
「もう少し綺麗に食べろよな」
細かいな。美味しいんだからいいじゃない。船員のみんなだっていっぱい食べ零すし、とか言い返すと、お前はそれでも女かとか言われそう。
どうせあたしは育ちがよろしくないですよ。と、あたしはテーブルの上に落としたレタスの欠片を素早く皿に戻した。
でも、それのことじゃなかったみたい。マルロは嘆息してあたしの頬をナプキンで拭った。
あら、ソースでもついてた?
「ありがと」
一応お礼を言うと、マルロはフン、と小さく笑った。その笑顔がさ、ちょっと大人びて見えた。前だったら勝ち誇ったような笑みを見せるところなんだけどね、なんていうのかな、目が優しくなった。
その成長がちょっと嬉しい。
そのうちに背も抜かれてさ、すんごい美青年になるよきっと。っていうのはあたしの贔屓目かな。
マルロはあたしにとって弟みたいなものだって思ってるから。
楽しみだよね。
☠
王都までの船旅は、前回は穏やかで楽しかった。今回もそんな風に行けると思ってたんだけどね、どういうわけだかすんなりと王都に辿り着くことができなかった。
少し進んでは止められる、それの繰り返しだった。誰にかっていうと、ルースター王国の哨戒船に。点々と、海域を見守る哨戒船がいたんだ。それらを無視することはできなくて、海上で発見されるとは船を寄せては色々と訊ねられる。何を話しているのかはディオンと、そのそばに控えていたゼノンくらいしか聞こえないけど。
なんだろうね。前はまったくいなかったわけじゃないんだけど、こんなにも止められることはなかった。
哨戒船の海兵さんと話すディオンの横顔は、遠目にも厳しかった。どうしてそんな顔をするのかって、あたしなりに考えてみる。
……もしかすると、海の治安が乱れてる?
もともと海賊がはびこってる海なのに、今更何を警戒するんだろう。
あたしはなんとなく胸に落ち着かないものを抱えた。でも、ディオンに訊ねたらきっと、なんでもないって言って教えてくれないんだろうなって気がした。
この少しの物々しさがこの先、段々と広がって行くことになったら嫌だな。
そうして、遅々とした船旅だけど、ヴァイス・メーヴェ号はいつもよりも時間をかけつつ王都へと向かった。
ディオンは早く陛下にお会いしなくちゃって焦ってる?
それとも、それどころじゃない何かが起こってる?
あたしにはよくわからないけど。……どっちにしてもさ、あたしはディオンが陛下とお会いしている間、どうやって心を落ち着けようか今から悩ましいんだけど。