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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅷ・都と檻と恋敵
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③ちょっと心配

 それからもう少し狩りを続けて、やっと帰路に着くことになった。海上であんまり積荷を増やすとそれはそれで厄介だし、一旦戻った方がいいのは事実だ。


 あたしは仕事を全部終えて、後はお風呂に入って寝るだけってところになった。もう暗いけど、外の空気を吸いたくなったんだ。

 甲板に出ると見張りの人たちが数人いる程度で静かなものだった。その人たちに挨拶しつつ、あたしは船べりへ近づいた。

 ……この海域から、あたしが捨てた故郷アレクトール王国ランドが少しだけ近く感じられた。正確には、暗い闇の中を篝火が夜空の星くらいに見えるだけだ。


 別に、家が恋しいとかそんなんじゃない。あたしはひとつも後悔なんてしてないんだから。

 だって、こうしてみんなに、ディオンに出会えたから。

 運命だって諦めてあの境遇を受け入れていたら、あたしは今頃どうなってたのかな。

 きっと、誰かに恋なんてしなかったんじゃないのかな。

 あの日の判断が正しかったって確かめるためにあたしは今ここに立ったのかも知れない。


 遠くで明るく揺らめく灯。

 あたしはもう、あそこには戻らない。

 それだけを決意して、あたしは潮風に髪をなびかせながらきびすを返した。



     ☠



 そうして、シー・ガル号は無事にパハバロス島に戻った。でも、ディオンは少し浮かない顔をしていた。

 いつも仏頂面だけど、それでもいつもとどこか違う。あたしはそう感じたんだ。


 エピストレ語の授業は気づけば時間が少しずつ減っていた。あたしの基礎ができて来て、ディオンがついていなくても学習できるようになってるってディオンは言った。教えてもらう以上は真剣にって、あたしも必死だった。そういう風に評価してもらえて嬉しいけど、ディオンとの時間が減るのは寂しい。

 ディオンは忙しいからあたしにテストを出して、それを時間のある時に採点してくれる。間違えるとアドバイスを書き入れてくれたり、案外親切。


 ……忙しいのはわかるけど、色々と心配。

 あたしに心配なんてされなくてもディオンは大丈夫なんだけど、それでもね。



 いろんなことを考えすぎるとつらくなる。あたしはゼノンと拳銃の練習にも励んでた。

 原っぱで二人、特に会話もないまま銃声だけが響く。空になった拳銃シャルをリロードするあたしの背中にゼノンがぽつりと声をかけた。


「ミリザ、心配事があるの?」


 ……。

 わかりやすいのかな、あたしも。

 とっさで上手くごまかせなかった。


「え、や、そんなことは……」


 すると、ゼノンは穏やかに微笑んだ。


「ディオンのこと?」

「……」


 鋭いな。


「わかるよ。ずっとミリザのこと見てたら」


 あたしが始終ディオンを気にしてるみたいに、ゼノンもあたしを気にしてくれてる。

 そんな切ない顔をされるとあたしも心苦しい。でも、嘘は嫌だ。その場しのぎで優しいことなんて言えない。


「……ねえ、ゼノン。この前、王都に行った時、ディオンは陛下にちゃんと挨拶をするゆとりはあった? ヤキモチじゃないよ。……じゃなくもないけど、その、いくら急いでたからって慌てて帰って陛下の機嫌を損ねたりしてない?」


 ゼノンなら何か知ってるかも知れない。あたしはその答えがほしくてゼノンをまっすぐに見た。

 でも、ゼノンにもそれはわからないみたい。軽く首をかしげた。


「どうだろう? 一度謁見には向かったよ。二人きりで話してもいた」


 グサ。

 うう、今更そんなことで傷つかないつもりが、そう聞いちゃうとやっぱり心がざわつく。


「そ、そうなんだ……」


 じゃあ、あたしの心配は取り越し苦労なのかな?

 あたしは拳銃を扱う手がちょっと震えてるのを隠すようにしてゼノンに背を向けた。そんなあたしの背後で、ゼノンが嘆息した。そうして、ぽつりと言う。


「お互いにね、厄介な相手を好きになったものだね」


 はい、スイマセン。


「ゼノンなら他にいーっぱいいい娘がいるでしょ?」


 振り向かずに言い放つ。


「さあ。誰のこともミリザより魅力的に思えなくなったんだ」


 ……。

 素面でそういうこと言っちゃう。エセルみたいにふざけてない分、どう返していいんだかわかんないんだってば。


「……そういうこと言われ慣れてないから困る」


 パァン、と拳銃を撃った。的の空き缶から大きく外れたのはゼノンのせいじゃなかろうか。

 ゼノンはクスクスと笑ってた。


「ディオンなら言わないだろうね。俺ならいくらでも言ってあげるよ。君のことがす――」


 パァン、と甲高い銃声でゼノンの言葉を遮った。

 はい、ゴメンナサイ。

 そこから先は受け取れない言葉なんだ。


 ゼノンは後ろで優しく苦笑してた。


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