②まだ
コンコン、と船長室の扉をノックする。
「入れ」
いつもながらの短い返答。
「はーい」
あたしは扉を開くと昼食片手ににっこりと笑顔を振りました。かと言って、ディオンが笑い返してくれるわけでもなく、掠奪した品々を倉庫に収めてたのか、そっちの扉の方から歩いて来た。
「そこに置いておけ」
素っ気ない。でもあたしは言われた通り机の上にトレイを置いた。
で、ちらりとディオンを見た。……うん、特に怪我はない。よかった。
「ね、そろそろ帰れる?」
あたしはそんなことを訊ねてみた。
掠奪も今回で何回目だったか、それなりには収穫もあるみたいだし、もういいんじゃないかなって。
でも、ディオンは嘆息した。
「いや、まだだな」
そのひと言にガッカリ。
「まだなんだ……」
まあね、島のみんなを養って、女王陛下に献上もしなくちゃいけないんだから、蓄えはあった方がいい。それは確かなんだけどさ。
あたしに顔を向けてくれるでもなく、ディオンはそのまま席に着いた。食事の邪魔をしちゃ悪いしもう行こうかなって思ったんだけど、なんとなくディオンの様子が気になった。……上手くは言えないんだけど、なんだろう。ちょっとイラついているような、そんな気がした。
「ねえ、ディオン」
声をかけると、ディオンはやっとあたしを見た。表情らしきものはなくて、いつものポーカーフェイスだ。
「何か気になることがあるの?」
思いきって言ったら、ディオンは一瞬だけ険しい顔をした。でも、次の瞬間にはもと通り。
そうして失笑する。
「気になることなんていつだってある。それがなんだ?」
「何って……」
そういう風に言われちゃうと追求できない。やっぱりあたしよりもディオンの方がうわ手だ。
あたしはため息を漏らすしかなかった。
「あたしじゃ相談には乗れないようなことかも知れないけど、一人で抱え込ま――」
「偉そうに言うな」
バッサリ返された! あんまりだ!
あたしの心配なんて要らないって言いたいのかも知れないけど、あたしはいつだってディオンが気になる。仕方ないじゃない。
「別にお前に気にされるようなことじゃない。喚くな。早く持ち場に戻れ」
はいはい、船長命令ですか。尖った物言いだなぁ。
「はいはい、わかりましたよ」
ディオンはあたしに嫌われたって痛くもかゆくもないんでしょうよ。でもね――。
「ディオン」
あたしは部屋から出る直前、ドアノブを握り締めながら振り返った。そして、あたしを見据える瞳に堂々と言ってやった。
「大好き」
唖然としてるディオン。よし、勝った!
何か部屋でディオンがでっかいため息をついている気がしたけど、まあいいや。
☠
食堂に戻ってファーガスさんにチラッとまだ島には戻れないみたいってことをぼやいたら、ファーガスさんはうなずいて答えてくれた。
「まあ、仕方がないな」
「なんでですか?」
あたしがすかさず訊ねたら、ファーガスさんは苦笑してしまった。そうして、ちらりと食器を洗っているマルロに目を向けた。マルロに聞かせたくない?
その仕草であたしはなんとなく察することができた。……いや、飛躍しすぎかも知れないけど。
マルロは少し前にヴァイオリンに憑いた悪霊のおかげで大変なことになってた。その悪霊は執念深くて、島の神父さんやエセルでは祓えなかった。だからディオンは王都まで大急ぎで向かって、マルロを救う方法を探してくれたんだ。あの時はなんにも思わなかったけど、今になって冷静に考えてみたら、あの時、ディオンは結構な無理を通してくれたのかも知れない。
ディオンは『女王の恋人』って呼ばれるくらい、女王陛下のお気に入り。せっかく王都に来たのに、陛下への挨拶もそこそこにとんぼ返りしたんだと思う。陛下はディオンのその行動をどう思ったの?
もしかして、陛下の機嫌を損ねてる?
なんて、あたしの憶測が的外れだったらいいんだけどね。
私掠免許だって、ディオンが陛下のお気に入りだからもらえてるようなもの。取り上げられちゃったら島の生活も立ち行かなくなる。
ディオンはたくさん狩りをして、献上品を増やしてからもう一度陛下に会いに行こうとしてるのかな。
でも、そんなことするよりも陛下はディオンが顔を見せてくれたらそれで嬉しいんだと思う。
少なくともあたしだったらそう。ディオン、そこのところがわかってないわけじゃないよね。
陛下は待ってる。
ズキリ、と胸が痛む。
ディオンの心は陛下にも、もちろんあたしにもない。
そういう意味ではあたしと陛下、身分は雲泥の違いなのに同じだね。
切ないなぁ。どうしたらあの人の心が手に入るのか、そんなこと、わからないよね……。