⑰余所者
あたしはその後、マルロたちのお母さんが作ってくれた昼食をご馳走になった。もう食べられないってくらいにたくさん出してくれた。うん、感謝の気持ちがすごく伝わるんだけどね、一度に食べられる量には限りが……。
マルロの家族と囲む食卓はあったかくて楽しかった。この家族を守れたんだなって思ったら、じんわりと嬉しくなった。
あたしが寝ているうちに伝書鳩がディオンからの手紙を運んで来たらしい。そこに解呪の方法が書かれていたらしいけど、もう今更だからね。ディオンたちにもう大丈夫だって知らせてあげたいけど、動く船に伝達するのは無理だってことなので仕方ない。ヴェガスたち、必死で船を漕いでくれてるんだろうな。ごめんね。
あたしは丸二日間寝こけてたらしい。一応、状態が状態だから領主館の方に連絡はしてくれてたらしいけど。
まあ、落ち着いたし一度戻ろうと思ってマルロたちの家を出ると、マリエラがついて来た。服とかまた借りちゃったんだよね。
「どうしたの?」
そう訊ねてみると、マリエラはよくわからない反応をした。
「どうもしませんわ」
フン、と顔を背けるのに、あたしの隣を歩いてる。
そういえば、あたしはひとつ言っておかなきゃいけないことを思い出した。
「ねーねー、マリエラ」
「なんですの?」
「あたし、ディオンのこと好きになっちゃった。ごめんね」
えへ、と笑ってごまかすと、マリエラは目を瞬かせた。かと思うと、じっとりとあたしを睨む。
「あなた、よくそんなことが言えますわね」
「あはは、こういうことはコソコソしたくないんだもん」
すると、マリエラは深々と嘆息した。あら、前みたいに『ディオン様の婚約者は私ですの』って怒ってる風じゃない。ちょっと呆れてる?
「もうそろそろわかってますわよ。ディオン様が私の手の届かない殿方だってことくらい。私ももう子供じゃありませんもの」
えーと、ほんとに子供じゃないかどうかは置いといて。
「そっか。マリエラは大人だね。でもあたしはまだそんなに物分りよくなれないの。叶わないってわかってても気持ちに区切りがつけられるまで時間がかかりそう」
どうやって気持ちを切り替えたらいいのかわからない。だって、こんな風に誰かに惹かれたのも初めてのことだから。
すると、マリエラはあたしに更に呆れた目を向けた。
「あなた、本当になんにもわかってませんのね」
「ええっ」
そうきっぱりと言われるとは思わなかった。容赦ないな……。
「……まあ、あなたはそれでいいのかも知れませんけれど」
何その含みのある言い方、気になるなぁ。これじゃあほんとにマリエラの方が大人みたい。
なんて会話をしながら歩いていると、向こうから十代半ばから後半くらいの女の子が三人ほど歩いて来た。見覚えがあるかって言われると怪しいんだけど、島で生活してるんだから会ったことはあるのかもね。
女の子たちはあたしとマリエラ――ううん、あたしをちらりと見て、それからクスクスと笑った。なんとなく、言いたいことはわかる。よそ者のあたしのことが気に入らないってね。
あたしは相手にする気もなかったんだけど、それに引っかかったのはマリエラだった。堂々と年上の彼女たちに意見する。
「仰りたいことがあるのならはっきりと仰るべきだと思いますわよ」
おお、さすが。
でも、長引くと面倒になるよ?
長い黒髪の女の子が、意地悪そうに笑って言った。
「この方、誰とでも親しくなるのがお得意よね。ディオン様に取り入るのもお上手だけど、ほら、エセルバートさんのことも。よく抱き合っているところを目にしますもの」
抱き合ってる……それちょっと違うよね。一方的に抱きついて来るだけなんだってば。
やだ、とか言いながら他の二人がクスクス笑ってる。
あーはいはい、もうなんだっていいや。
あたしが受け流して何も言わなかったら、それが余計に気に食わなかったのかも。
「そんな方と親しくされると品性を疑われますわよ?」
品性。品性ねぇ。……そんなもの、確かにあたしにはないかもね。
まあ、ほんとのことか――なんてあたしがぼんやりと思ってると、隣でマリエラがキレた。
「うるっさい!! ですわよ!!!」
うわぁ。
この時のマリエラの剣幕はすごかった。色白の肌に青筋が浮いてた。
「あなた方! 私たちが困っている時にあなた方が何をして下さいました!? 何かをしようとして下さったのはこの方くらいですの! そんなあなた方にこの方がが悪く言われる筋合いなんてこれっぽっちもありませんわ!!」
「だ、だって、私たちに何ができたっていうのよ?」
「そんなもの、自分で考えろ、ですわ!!」
マリエラって実は口が悪いんじゃ……なんてちょっと思っちゃった。さすがマルロの姉。
「何もできなくったって、何かをしようとして下さる気持ちがあればそれで十分でしたのよ!!」
それを言われちゃうとね、みんなしょんぼり。
マリエラもしんどかったからね、言いたい気持ちはわからないでもないし、あたしのために怒ってくれるのも嬉しい。だからあたしは激昂して涙目になってるマリエラの頭をよしよしと撫でた。それから、彼女たちに言う。
「マリエラ大変だったから。逆の立場だったらあなたたちも怒ったでしょ? それがわかるならマリエラのこと悪く思っちゃ駄目だからね。口は悪いけどマリエラはいい子だもん」
「く、口が悪いってなんですの」
いや、悪いよね?
何か納得してない様子のマリエラと、あたしは二人で歩いた。彼女たちもちょっと悪かったって思ってくれたのかな。やっぱりしょんぼりしてた。
この島の人はなんだかんだいって善良だよね。