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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅶ・失意と旋律と愚者火
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⑩代われるなら

 小屋の扉が開く!

 あたしは思いきってその扉を全開にした。そうして叫ぶ。


「マルロ!!」


 ここはもともとバースさんの作業小屋。ごちゃごちゃと道具が散乱した片づいていない小屋だった。

 だから、パッと見ただけでマルロがどこにいるのかがわからない。

 注意して見ると、木箱のそばで横たわっているマルロを窓から差し込む光がかすかに照らしていた。その細い体に精気はなくて、ヨレヨレって言ったら怒るかも知れないけど、ほんとにそう表現するのが一番の状態だった。


「マルロ!!」


 あたしはもう一度強く呼びかけた。そうしてマルロに駆け寄る。――大丈夫、大丈夫って自分に言い聞かせながら。


 マルロに意識はなかった。でも、その手の先にはヴァイオリンがしっかりと握られていた。こんなになっても放せないの?

 精根尽き果てたマルロの姿を見ていたら涙が滲んできた。悲しいとかそういうことじゃなくて、感情が追いつかないせいだ。

 あたしがそっとマルロに手を伸ばすと、後ろから神父さんの声が飛んだ。


「不用意に触れては駄目だ!」


 その声にあたしはギクリとして手を止めた。そのまま振り返ると、神父さんのゆとりのない顔が目に入った。


「じゃあ、どうしたらいいんですか?」


 思わずそんなことを言ってしまう。そんなあたしに返答するよりも先に神父さんは何か祈りの言葉と聖水を振り撒いてから中に踏み込んだ。そうしてマルロの手もとの暗褐色に光るヴァイオリンに目を向けた。そうしてスッと目を細める。その表情から、怨念はまだそこにあるんだってわかった。


「ここまで強く物体に同化した怨念というのはそうそうない。やはり、私の力ではマルロから引き剥がすことも難しい。……すまない」


 そんなこと、聞きたくない。

 あたしはもう一度マルロに顔を向けると、すばやくその首筋に触れた。ひどく冷たい体温にあたしの心臓まで冷えた気がした。……でも、弱々しいけどちゃんと脈はある。マルロは衰弱してるけど、生きてる。

 そのことにあたしは安堵した。一度引っ込んだ涙がまた滲む。


「よかった、脈がある。今、このヴァイオリンを引き離せればマルロは助かりますよね」


 すると、神父さんはすごく厳しい声で言った。


「マルロは助かるかも知れないけれど、それに触れた次の人間が取り憑かれるだろう。……こう言ってはなんだが、マルロはその悪霊と波長が合った。だからこうなっても辛うじて保っている。他の人間ではどうなるのかがわからないんだ」


 マルロはヴァイオリンが弾けるから、悪霊の気持ちがほんの少しでもわかったのかも。

 でも、このままにしておいたらマルロが弱って死んじゃう。他の人間だったらどうなるかわからない? それは確かに怖いことだ。

 けどね、だからって何もしないで待ってるなんて、それで手遅れになったらあたしは一生後悔する。何もできなかった自分を許してなんかやれない。だからあたしは神父さんに言った。


「どうなるかわからないとしても、しばらくは持つんじゃないかなって思います。マルロで三日でしたよね。三日あれば次に繋げられます。――神父さんは駄目ですよ。エセルがいないここじゃ唯一悪霊を祓える人なんですから」

「何を――」


 怖くないわけない。すっごく怖い。自分が自分じゃなくなる、それって最悪の事態だもん。

 あたしと神父さんが出て来ないから、戸口にマリエラが恐る恐る近づいて来た。不安げな目があたしに向いてる。あたしはそんな彼女に少しだけ笑って見せた。


 そうして、倒れているマルロの手にあたしは手を重ねる。

 三日――ここからどんな三日が待ってるんだろ。ううん、三日と持たないかも知れない。もしくは、三日後に交代してくれる誰かがいないかも知れない。あ、それあり得るな……笑えないけど、それもあり得る。


 じゃあ、見捨てる?

 それができない以上、覚悟を決めるしかないんだ。


 あたしはマルロの手からヴァイオリンを奪い去った。それは拍子抜けするくらいあっさりと抜けた。うわぁ、嫌だなぁ。弓も同じ。


「ミリザ……」


 マリエラがあたしを呼ぶ。あたしは精一杯の強がりをみせた。


「早くマルロを運んで介抱してあげなきゃ。あたし、がんばるから。ね?」


 ヴァイオリンからはどくりどくりと脈打つような感覚だけが伝わって来る。それは生き物をつかんでいるみたいですごく気味が悪かった。――怖い。

 ただ、想像していたものとは違う?

 あたしの自我はしっかりとまだある。それに、ヴァイオリンを弾きたいって衝動もない。

 マルロから完全に抜けきれてない? それじゃあ困るよ。


 ふぅ、とひとつ息をつくと、あたしはヴァイオリンを顎に添え、あれだけ掻き鳴らした後とは思えないような傷みのない弓を弦にあてがい、音を出す。


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