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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅶ・失意と旋律と愚者火
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③イグニス・ファトゥス

 あたしとディオン、ゼノン、マリエラは浜辺にある小屋のひとつに向かった。硝草っていう火薬の原料になる草を加工する小屋だ。

 その場所が近づくにつれ、ヴァイオリンを奏でる切ない音が響いて来た。


 マルロの音楽は繊細な性格の割に、陽気で楽しい印象しかなかった。ほんとに演奏が好きなんだなって思える音。

 でも、これは……胸を掻きむしられるような、不安を掻き立てる音だと思った。曲のせいばかりじゃない。まるで人を呪う気持ちが伝わるようで……。


 その作業小屋は以前あたしがお邪魔した場所じゃない。いくつかあるっていっていたうちのひとつ。

 レンガ造りの小屋のそばには船大工をしているマルロのお父さんとお母さんがいた。何度か顔を合わせたこともあるんだけど、逞しい大柄なお父さんと美人のお母さん。それから、小屋の持ち主だからか火薬職人のバースさんもいた。そして、もう一人――。


「ディオン様」


 そう呼びかけたのは、黒く長い法衣を着込んだ――神父さん。白髪混じりの髪を撫でつけて、年齢の割にはすらりと均整の取れた体つきをしている。ナイスミドルな神父さん……えーと、エセルのお父さん?


「マルロの様子は?」


 すると、神父さんはかぶりを振った。


「ずっとヴァイオリンを奏で続けているだけです。呼びかけにも応じません」

「小屋の鍵はかけておいたはずなのですが……」


 って、バースさんも申し訳なさそうに言った。


「扉をこじ開けようとしてもびくともしません」


 マルロと同じ色の瞳でマルロのお父さんは困惑してた。よく見ると、足もとには工具が色々と散らばってる。船大工さんが小屋の扉をこじ開けられないって、尋常じゃないよね?

 そう考えてぞくりとした。マルロのお母さんも線が細くって今にも卒倒しそう。それをマリエラがそばに寄って支える。


 外でそんな会話が繰り広げられている間中、ヴァイオリンの音色は止まなかった。それがいっそうみんなの不安を煽る。音楽の力って怖いな。今、それを強く感じた。


「……う、うちの子は悪魔に憑かれてしまったのでしょうか?」


 マルロのお父さんが大きな体をしぼませてつぶやいた。ディオンはちらりと神父さんを見る。神父さんはまたかぶりを振った。


「残念ながら、そうなのでしょう」


 そのひと言に、マルロのお母さんは気を失ってしまった。マリエラがお母さん、お母さんって呼びかけている。マルロのお父さんがお母さんを休ませて来るって言って抱き上げた。


「マルロには、私がついてるから大丈夫っ」


 マリエラは両親に強がってみせた。その握り締めたこぶしが痛々しく震えている。

 そんな彼女を神父さんは気遣いながらも残酷なことを言った。言わざるを得なかったんだと思う。


「このままではどうにもなりません。マリエラの話によると、昨晩海を漂っていた愚者の火(イグニス・ファトゥス)がこのヴァイオリンに憑いた悪霊なのでしょう。ただの悪霊であれば私にも祓うことはできたのですが、あの怨念の強さは相当のものです。正直に告白しますと、このようなケースは初めてなもので、祓う手がかりがありません」


 マリエラがヒュッと鋭く息を吸った。あたしは思わず駆け寄ってそのか細い体を抱き締めた。そのまま神父さんに首を向ける。


「ねえ、神父さん、じゃあどうしたらいいの? どうしたらマルロをもとに戻せるの?」


 手立てがないなんてことは絶対にない。あたしはそう信じた。

 神父さんはエセルを思わせる瞳をあたしに向ける。


「……王都北の本山でこうした事例が記された書物があるかも知れない。その内容を知るか、もしくは高等な祓魔術を使える司祭様を招聘しょうへいすればあるいは――」


 王都って、往復してたらどれくらいかかったっけ? それまでマルロは持つの? 今のところ飲まず食わずなんだよ?

 それくらい、ディオンだって気づいてる。厳しい顔をしてつぶやく。


「他に手立てはないのか?」

「わかりません。私ができることはこれからすべて試してみるつもりですが」

「……ディオン、一刻を争うならすぐにでも出航しないと」


 ゼノンもそれしかないと判断したみたい。ディオンもうなずく。


「わかった。その本山への書状をしたためてくれ。教会の関係者じゃなければ門前払いだろう?」


 神父さんなら教団に籍を置いているはず。その名前があればディオンでも悪霊祓いの手段を教えてもらえる?

 そこで神父さんはうなずいて、それから言った。


「本山へは息子エセルをお連れ下さい。あれでも多少の役には立つでしょう」


 エセルも悪霊を祓うことができる。だからきっと、頼りになるはずだ。

 あたしは――キュッとマリエラを抱き締める腕に力を込めた。そうして、ディオンをしっかりと見据えた。


「あたしは残るよ。マルロについてる。悪霊に引っ張って行かれそうになったら頬っぺたひっぱたいてでも止めるから、早く戻って来て」


 こんな状態のマルロを置いて、不安に震えるマリエラを残して行けない。今回ばかりはそう思った。

 ディオンはそっと、目を細めて柔らかく言った。


「ああ、頼む」


 うん、頼まれた。


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