⑯居場所
あたしはその後すぐにお風呂を使わせてもらえた。
マルロがね、すぐに沸かしてくれたんだ。今日は嫌味のひとつもない。張り合いないな、なんて嘘。マルロも口ではいつも可愛くないことばっかり言うけど、本当はあたしのこと心配してくれてたんだよね。
びしょびしょのまま船内を歩くなって言って、マルロの服を貸してくれた。うん、あたしの服はパルウゥスたちのところにあるし、まあこれでも女性だからね、あたし。女性の服は変に探せなかったんだと思う。
濡れた服はお風呂でついでに洗濯しちゃった。
あたしは体があたたまるとマルロが貸してくれた寝衣に着替えた。上下分かれているヤツ。でも、下着まではさすがに借りられないから胸もとが心許なくて洗濯物を入れたカゴで隠すようにしてパルウゥスたちのいる最下層まで急いで戻った。
船を漕ぎ始めていたパルウゥスのみんなは、あたしの姿を見るなりあたしの周りに駆け寄って来た。
「ミリザ!!」
真面目なパルウゥスたちが手を止めるなんてすごく珍しい。それくらい心配かけちゃったんだね。
「大変な目に遭ったね。先にディオンが来て、君は無事に戻ったからもう大丈夫だと言ってくれたけれど、こうして顔を見るまではやっぱり心配だったよ……」
ヴェガスが優しい顔をしかめて言った。
「Ο καθένας Λυπάμαι」(ごめんね、みんな)
悲しそうなみんなの顔。あたしもそれ以上どう言っていいのかわからなくなった。
あの時は真剣に悩んで動いていたつもりだった。でも、みんなにこんな顔をさせたのはあたしなんだ。
ねえ、あたしはもっと図太くここを自分の居場所だって居座ればいいのかな。いつまでも消えない不安はどうすれば消えるんだろう。
「ミリザ、君が悪いわけではないよ。ディオンは自分の過失だと言っていた」
そう、ヴェガスが慰めてくれる。あたしはくすぐったいような気持ちでうなずいた。
「うん、あたしにもそう言ってくれた」
そこでヴェガスはクスリと笑った。
「だから、必ず取り戻すと。ミリザがそれを聞いたらきっと喜ぶと言ったら、言わなくていいと苦り切った顔で釘を刺されたよ。けれど、君と私との間に隠し事はなしだからね」
って、ヴェガスは茶目っ気たっぷりにウィンクした。可愛いなぁ、もう。
でもさ、ディオンがそんなこと言ったの?
みんなの手前だからかも知れないけど、それでも嬉しい。ちょっと顔がゆるんじゃうよ。
そんなあたしにみんなは目を向けてニコニコとしていた。あ、幸せだなって思えた。
あたしはその後、櫂を出している小窓から洗濯物を干した。窓の淵に止めて。まあ、夜だけど風があるから多少はマシかな。
その後、部屋の隅でシーツを被って、マルロに借りた寝衣から自分のものに着替え直した。うん、これで落ち着く。
みんながもう休めって言ってくれたから、あたしは甘えさせてもらうことにした。そうしないとみんなが落ち着かないって言われちゃったから。
シーツに潜って胸の上で手を組む。少しのことなのに、ここの天井が何か懐かしく感じられた。そうして目を閉じて考える。
ククヴァヤ島からやっとパハバロス島へ帰れると思った矢先にこんなことになって大変だったけど、なんとか乗り越えられたって思ってもいいかな。
でも、島に帰ったらどうしよう?
あたし、みんなのことも大好きだから、パハバロス島に住みたいと思ってないわけじゃないんだ。
でもね、現実問題としてどうなんだろ。あたし、島でこの先どうなるの?
ディオンはあたしにエピストレ語を教える条件として、ディオンの許可なく島へは出さないって約束をさせた。あの時はそれでもいいって思えた。
ただ、それって今後、ディオンが恋人を作ったり奥さんを迎えても、ずっとあたしはそんなディオンのそばにいなくちゃいけないってこと。それって、今となってはすごく苦しいことかも知れない。
まあ、女王陛下が簡単にディオンの結婚なんて許さないかも知れないけどね。その方が嬉しいかも、なんてちゃっかり思っちゃう。
女王陛下がどうするつもりなのかもよくわからないけど……。
それにしても、この恋心が家を飛び出して自由を求めたあたしの一番の誤算なんだよね。自由以上に求めるものができるなんて思わなかった。
どうしたらいいのかな、あたし。