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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅵ・人質と月光と女海賊
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⑭誰のせい?

 あたしの体は水面に叩きつけられた。思ってた以上に痛い。心構えができてなくてあたしはがぼがぼと水を飲んで沈むだけだった。


 泳げないわけじゃない。港町の故郷で、幼い時にはよく泳いでた。大きくなってからはそんな余裕もなくて海に入ったりしてないけど。体は泳ぎ方を覚えているはず――なんて、そういう問題じゃないか。

 ロングスカートは水を吸って脚に絡みつく。

 こんなことになるならもっと真剣に泳ぎの練習しておくべきだったのかな。それとも、ショートパンツでも穿いておくべきだったのかな。


 って、どうしてこの苦しい状況でそんなことしか考えられないんだろ。

 えっと、オトウサンオカアサン、先立つ不幸を――って、どうせいなくなった時に死んだとでも思ってるだろうから今更? しかもそんな殊勝なこと思わないし。


 ――ディオン。

 助けて……なんて、無理だよね。夜の海だもん。海に落ちたあたしの姿なんて見えない。

 こんな状況なのに、そこから見た月明かりの綺麗だったことだけは覚えている。


 なんだろうね、何もかもが上手く行かない。結局、あたしにはこういう結末が似合ってるの――?

 でも、ディオンたちと出会ってからは束の間の幸せを感じられたから、そう思ったら悪い人生でもなかったのかな。


 あれ? 手が、ぐいっと引かれた。まさか?

 その手は今度はあたしの腰を抱えるようにして力強く寄せた。浮上して行く流れを感じる。そこからすぐに海面が切れた。あたしは呼吸を貪るけど、海水も少し飲んだから苦しくて苦しくて涙が止まらなかった。お酒の酔いなんてもうどこかに吹き飛んじゃったよ。

 ゴホゴホとむせていると、あたしを助けてくれたゼノンの熱を帯びた声がした。


「もう大丈夫だから、ゆっくり息をするんだ」


 ゼノンはいつの間にかシー・ガル号から下ろされた縄梯子をつかんでいた。海に浸りながらも、ゼノンはあたしの体に回した手にぎゅっと力を込めて抱き寄せる。その仕草から、ゼノンの心が伝わるみたいだった。


 ゼノンはあたしの手に縄梯子を握らせる。そうして、足をかけさせ、それを自分が支えるようにして縄梯子に乗った。あたしたち二人を乗せた縄梯子を甲板から引き上げ始めた。ずっとむせてたあたしに、ゼノンは気遣わしげによりそっていてくれた。

 徐々に徐々に甲板が近づき、船べりから手を差し伸べる人がいた。


「ミリザ!!」


 顔は薄暗がりの中で見えないけど、エセルみたい。あたしが振り返るとゼノンは小さくうなずいた。先に上がれってことみたい。

 あたしがエセルの手におずおずと手を伸ばすと、エセルはあたしの手首を抜けるほどに強くつかんで引っ張り上げた。水を吸ったロングスカートが鉛みたいに重たくて、あたしはまともに身動きが取れない。


「わっ」


 上手く立てずに転がりそうになったあたしの体をエセルは力いっぱい抱きとめる。勢い余って二人して甲板の上に転がった。でも、エセルは腕を少しも弱めない。服、濡れちゃうよ……。


「エセル、苦しい」


 思わずそう言っちゃうくらい、きつく締めつけられた。するとエセルはようやく腕をゆるめた。かと思ったら、いきなりあたしの顔をがっしりとつかんで笑った。


「人工呼吸でもしてあげようか」


 どう見ても必要ないでしょうが!!

 そこでエセルの頭を鷲づかみにしたのはディオンだった。焼いてる? ……いやきっとそんなんじゃない。いつの間にか上がって来ていたゼノンが不穏な目つきをエセルに向けてるし。


「仕方ないなぁ。続きはまた今度――」

「いや、もういいから」


 さっきまで大変な目に遭ってたっていうのに、緊張感が一気に吹き飛んだ。エセルから解放されないまま、あたしは逃げ出したい気持ちと戦いながらディオンを見上げた。すると、そこにあったディオンの表情は逆光ではっきりとは見えなかったけれど穏やかそうに感じられた。


「お前が素直に帰らないからこういうことになるんだ。人質は人質らしくしていろ」

「……だって、あたしのせいであんな大きな損害になるなんて」


 ぶっきらぼうでも本当は優しいディオン。

 自分を苛むあたしをディオンは責めない。わかってるけど、それが苦しい。

 あたしが顔を歪めると、ディオンはひとつ嘆息した。


「お前は自分のせいだと言うが、それは思い違いだ。あれはオレの過失だ。ヒルデは昔なじみだろうと海賊で――こういう事態も想定しておくべきところを、気を許して船に上げてお前に近づけたのはオレ自身だ。だからお前が気に病むことじゃない」


 あたしの気持ちが軽くなるように、ここに気兼ねなくいられるように、言葉をくれる。

 そんなディオンだからあたしは好きになってしまったんだって改めて思った。


 夜の海で冷え切ったあたしの頬を、あたたかい涙が伝う。こんな風に素直に泣けたのは、自分でも意外だった。

 ディオンは一瞬だけたじろいだ。そんな中、エセルがあたしの涙にキスをしたので、あたしは遠慮なくエセルに拳をお見舞いした。


「その元気なら心配要らないな」


 なんて、いつからそこにいたのかファーガスさんはハハハと笑っていた。マルロはなんとも複雑そう。


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