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夢と希望と海賊船  作者: 五十鈴 りく
Ⅵ・人質と月光と女海賊
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⑬飲まれた

 き、気持ち悪い。

 ヒルデさんは涼しい顔で飲んだけど、このお酒、かなりキツイ……。

 あたしはソファーの上にぐったりと体を横たえ――ようとしてヒルデさんにぶつかってそのまま寄りかかる。うぇぇ、気持ち悪い。

 酒は飲んでも飲まれるなって、初心者には無理!


「……どうしましょう」


 アモスさんが平然とそんなことを言う。ヒルデさんは呆れたように言った。


「どうって、最初からこうなることは予測して酒を飲ませたんだろ?」

「ええ、まあ」


 気持ち悪くて喋りたくないけど、耳はしっかり聞こえてる。アモスさん、わざと?


「今のうちにディオンたちに引き渡しましょう」


 うわぁ、ひどい!

 ヒルデさんはひとつ嘆息した。


「そうだね、そうしようか」


 ヒルデさんまでそんなことを言う!

 ぐったりとしたあたしの頭を膝に降ろすと、ヒルデさんは一度優しく撫でてくれた。


「あんたみたいな娘は、素直にあいつのところへ帰りなよ。ディオンはこのことであんたを責めたりしない。自分が好きになった男だろ、そんなちっさな器じゃないって信じてやりな」


 信じてないわけじゃない。でも――。

 頭ががくり、と揺れた。き、気持ち悪い。

 ぐったりとしたあたしの体をアモスさんが抱き上げた。細身に見えて力があるんだね、なんてことを頭のどこかでなんとなく思った。


「さて、行こうか」


 え、ちょっと、本気で?

 抵抗しようとしたんだけど、呻き声にしかならなかった。酔っ払って引き渡されるなんていいご身分だな、とか嫌味言われる!



 結局、甲板の上にそのまま運ばれた。先を行くヒルデさんと、いつの間にかイーサンさんがいるような気配があった。

 夜の風はほてったあたしの肌に心地よくて、少しだけ気分がマシになった。

 う、と呻いてうっすら目を開けると、イーサンさんがランタンを手に何か合図を送っていた。送った先はシー・ガル号なのかな。

 船にはいくつかの灯りが吊るされているけど、今日は月明かりがとても綺麗だ。柔らかな月の光のもと、あたしはぼんやりとそんなことを思った。


 櫂を漕ぐ水音があたしの耳にも届く。水がこっちのウラノス号に寄せられて船の揺れが大きくなる。……気持ち悪い。

 ああ、もう考えるのが億劫。なんでもいいやと開き直りかけた。

 でも、そんな時、向こうの船からゾクリとするようなディオンの声がした。


「……そいつに何かしたのか」


 それでも、ヒルデさんが怯むことはない。


「酒飲んで潰れただけだよ。まったく、こうまで人質に適さない娘も珍しいね。こんなじゃじゃ馬はさっさと引き取ってくれ」


 ひどい! ひどい言い草!!

 なのに、ディオンもひどかった。


「それは悪かったな」


 そこは否定してほしかった。なんで謝るわけ、そこ?


「誰かこっちに寄越しな。そこで金貨と交換だ」

「わかった」


 ディオンが短く答えた。そうして、向こうの船で誰が行くのか話し合われているような感じがした。船長のディオンじゃない。来るのは多分、ゼノンかエセルだと思う。

 ガシャン、と跳ね橋が接続される音がした。その衝撃が来た時、あたしは絶不調の体に鞭打ってアモスさんを押しのける。


「自分で立てます」


 平然を装うけど、明るいところで見たらきっと顔は真っ青なんだろうな。

 でも、アモスさんはとりあえずあたしを下ろした。

 ちらりと跳ね橋の辺りに目を向けると、そこにはゼノンっぽい人がいた。なんだろ、お酒のせいか目が霞む。うん、ゼノンがあたしを迎えに来てくれたみたい。


「どうも、ヒック――お世話になりました」


 あ、しゃっくりが出る。

 あたしはヒルデさんたちにぺこりと頭を下げた。頭を下げるとやっぱり気持ち悪い。そのまま去ろうとしたあたしの肩をヒルデさんがつかんだ。


「ゼノンがこちら側に来て金貨を受け取ってからだ」


 ……チ。

 ヒルデさんたちも大変だっていうのはわかるんだけど、だからって大人しく掠奪されても困る。

 ヒタリ、ヒタリ、と足音がする。あたしはグラグラする頭を支えながらそこに立っていた。ヒルデさんは不意にフフ、と笑った。


「あんたもそういう目をするんだねぇ」


 なんてヒルデさんは言ってる。よくわからないけど、ゼノンが睨んだのかな。ゼノンは無言で金貨の入った袋を差し出した。それをアモスさんがそばまで行って受け取った。……あーあ、結局どうにもならないのかな。

 そこでヒルデさんはあたしの背中をトンと押した。


「じゃあね。また会うことがあるかどうかはわからないけれど。ま、あんたは会いたくなんてないか」


 別に、人間的に嫌いなわけじゃない。あたしはなんとか答えた。


「ううん。また会う。今度会う時は盗られた分盗り返す」


 ヒルデさんはそんなあたしに楽しげに言った。


「そいつは楽しみだ。次に巡り合えるかどうかは海のみぞ知るってわけだね」


 あたしはイーサンさんにもぺこりとお辞儀をして歩き出した。ちらりとシー・ガル号の上のディオンを見遣ると、ディオンが――いちにいさん――三人もいた。お、足もとを見るとあたしの脚も六本もあるよ。あはは、変なの。

 なんかね、もうどうでもいいや。ディオンに怒られて謝って、それでいいかなー。


 トントントン、とリズミカルに足が動いた。あら、止まらない。

 跳ね橋の上に上がろうとして、段差で蹴つまずいた。


「ひゃ」

「ミリザ!!」


 ゼノンの声がした。でも、跳ね橋の上にはアモスさんがいて、ゼノンはアモスさんを邪魔そうに押しのけようとしていた。そのアモスさんも息を飲んだような気がした。何? どうしたの?


「危ない!!」


 ヒルデさんがそう叫んだ。その時になって初めて、あたしは自分がどんなに危うい場所にいたのかに気づいた。跳ね橋は欄干も何もないただの渡し板だ。あたしはそこから転がり落ちて海に投げ出された。


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