⑨明日
あたしがどんなに夜が明けるなって願ったところで日は巡る。
ギラッギラに輝く太陽を睨んだら目が眩んだ。
あたしは甲板の上に出されたんだ。ヒルデさん、アモスさん、イーサンさん、その他大勢。甲板でピリピリした空気を放ってる。あたしは特に拘束されてはいないけど、これだけの人数に囲まれていたら何もできない。
そうして、シー・ガル号が接舷して来る。
近づく……近づく……。
みんなの顔が見えた。仏頂面のディオンが腕を組んで中央に立ってる。その姿を見た途端、ドキリと胸が震えた。その顔を直視することが怖くて、あたしは少しだけ目をそらした。
あれ? ディオンの後ろ……。エセル、ちょっと口の端が青くなってる。もしかして、喧嘩でもしたの?
ゼノンも柔和な顔つきが険しくなってる。あんまり休んでないのかな。疲れた顔……。
ああ、マルロもファーガスさんも甲板に上がってる。みんな、心配してくれてるんだよね。ヴェガスたちだって危ないからディオンが許可しなかったら表には出れないだろうけど、きっとやきもきしてる。
ごめんね、みんな。
あたしは揺れる甲板の上で、申し訳ない気持ちを強く感じた。
「ディオン! 船員たち――特にエセルとゼノンに両手を上げさせな。交渉中に撃ったらただじゃおかないよ」
ヒルデさんがそんなことを言うくらい、二人は殺気立ってたんだ。ディオンはひとつ嘆息すると二人に目配せした。二人は顔をしかめたけど、緩慢な動きで両手を軽く上げた。ヒルデさんは満足そうにうなずく。
「それで、宝の準備はできたんだろうね?」
ヒルデさんが余裕綽々でそんなことを言った。くそぅ。
あたしが歯噛みしながらその背中を睨みつけても一向にお構いなしだった。
ディオンはシー・ガル号の船べりから海鳥の声にも波音にも邪魔されないよく通る声で言った。
「何度も言うが、あの地図の通りの場所に財宝はなかった。……なかったが、それで満足するあんたじゃないのはオレにも十分わかっている。だから――」
って、ディオンは一度しゃがみ込んだ。そして、両手に乗るくらいの大きさの麻袋を取り出す。その口を縛ってある紐を解くと、そこに手を差し込んで中から輝く金貨をザラリと見せた。――あれ、一体いくら入ってるの?
貧乏なあたしが見慣れない金色に、一気に血の気が引いた。そうだ、あたしを見捨てないっていうのはそういうことなんだ。見捨てない代わりに差し出さなきゃいけないものがあんなにも大きいんだ……。
ヒルデさんはそんなあたしの衝撃なんて知りもしないで高らかに言った。
「まあいいだろう。投げて寄越しな」
ディオンは麻袋の口をしっかりと縛り直す。あたしはとっさにウラノス号の船べりから身を乗り出すようにして叫んでた。
「もういいよ、ディオン!!」
あたしがそう叫んだことに、ディオンは驚いて目を丸くした。でも、あたしはそのまま叫び続けた。
「その金貨、なんなの? みんなへの報酬か陛下に納めるものじゃないの!? そんなの差し出したら困るじゃない!!」
ねえ、あたしが身を削るようにして働いたって、あんなに稼ごうと思ったらいつまでかかるのかわからない。返せもしないようなお金をあたしのために使わせたくない。あたしに、あの金貨に見合う価値はあるの?
重たい引け目になる。この先、どうしようもなく苦しくて、申し訳ない気持ちに負けてしまう。
そんなの嫌だ。
でも、必死で叫んだあたしに、ディオンは小さく嘆息した。そうして、怒鳴るでもなく、びっくりするくらい穏やかな声で言った。
「頼むから大人しくしていろ」
「っ……」
大人しくって何よ? そんなこと、神妙な顔して頼まないでよ。
あたしのそんな想いを無視して、ディオンは麻袋を放った。鮮やかに放物線を描いて麻袋はヒルデさんのもとへ――。
でも、この時のヒルデさんには油断があったんだと思う。自分の船の上で自分に逆らう人間がいるなんて忘れてた? 目の前の大金に気持ちがどこか浮ついてたんじゃないの?
あたしは素早くヒルデさんがキャッチするはずだった麻袋を奪い取った。やっぱりずっしりしてる。ウラノス号の船員たちのどよめきを他所に、あたしはその麻袋を思いきり振りかぶって投げ返した。あまりのことにシー・ガル号の方でも誰も動けず、麻袋はドスリと甲板へ落ちた。
呆然とするディオンをあたしは船べりから身を乗り出しつつ睨みつけた。
「要らないって言ってるでしょ!!」
「お前な……っ」
「もう、あたしの身柄はあたしが決める! ディオンが身代金なんて支払うならあたしはそっちには帰らない!!」
何言ってるんだろ、あたし。馬鹿みたい。
でも、こんなのは嫌なんだ。あたしがあたしでいられなくなる。
嬉しくなかったわけじゃない、見捨てないでいてくれるんだってほっとした。ただ、そんな気持ちはあたしだけの事情。それでみんなに迷惑かけて、それでも図太く平然と船に乗ってろって言うの?
頭がズキズキ痛む。睨んでいるのも限界かも。
あたしは船員たちの間を掻い潜って船内に逃げ込んだ。そうして、あんなに出たがっていた部屋に戻って扉の取っ手とベッドの支柱にピローケースを紐の代わりにして結びつけた。これで簡単には開かないはず。 もういろんなことが嫌で、あたしは部屋の隅っこで膝を抱えた。