⑤敵か味方か
唖然としたのはあたしだけじゃなかった。ヒルデさんがあたしを拘束したままジリジリと下がったから、みんなの様子がよく見える。操舵席のエセルのことは見えないけど、多分すごく怖い顔をしてるんじゃないかな……。
ヒルデさんのお供の二人がいろんな角度を目でけん制した。
ゼノンも普段は穏やかな目もとをつり上げて息を飲んでる。ファーガスさんも。マルロはただ驚いて言葉もないみたいだ。ディオンは――。
ディオンは絶句してる。そんな様子はマルロと変わりない。ヒルデさんはそんなディオンを鼻で笑った。
「あんたさ、随分甘くなったじゃないか。アタシもあんたも海賊だ。旧知だろうとなんだろうと、状況によっては敵にも味方にもなる。そうあんたに教えてやったはずだけどね?」
ヒルデさんの船はそれほど大きくはない。周りがどう動くか判断して抜け道を探り、生き残って来たんだろう。ディオンは懐かしさのあまり彼女のそういう部分を忘れてたのかな。
……ところで、あたしって人質?
ヒルデさんの目的は何?
背中にヒルデさんの体温を感じながら、あたしはその要求を聞いていた。
「先を行った船から聞いたよ。あんた、ククヴァヤ島の財宝を手に入れたそうじゃないか。それを渡してもらおうか。この娘と引き換えにね」
ヒルデさんはあたしを押さえ込んだまま跳ね橋の手前までやって来た。退路を確保したヒルデさんに怖いものはないのか、すごく強気だ。
先を行く船って、ククヴァヤ島で大砲を撃ってゼノンが追っ払った船のことだよね。
――ん?
ククヴァヤ島の財宝って、あたしが服の下にしてるペンダント? この石っころ?
ヤバい。ディオンに報告するの忘れてた。ディオンは財宝なんて何もなかったんだって思ってる。実際、ガラクタみたいなペンダントひとつしかなかったんだから、ないも同然なんだけど。
「あるのは罠ばっかりで、財宝なんて何もなかった」
ディオンが押し殺した声でそう言った。そこに何ひとつ嘘はない。
でも、そんな言い分を信じるほどヒルデさんは甘くなかった。あたしの耳もとで甲高く笑う。
「もうちょっとマシな言い訳はないのかい? なかったで引き下がるアタシじゃないことくらい、あんただってわかってるはずだ」
海賊船なのに掠奪に遭うなんて……。いや、こういうことは厳しい海では珍しくないんだった。
この状況で、あたしはどう動けばいいの?
あたしがしてるペンダントがあっただけだって言っても、ヒルデさんはきっと納得しない。
下手に動いてディオンの不利になっちゃいけないから、あたしはただ押し黙って成り行きを見守っていた。ああ、洗濯物を干しに来ただけだから、拳銃を持ってないのが悔やまれる。
しばらく、ディオンとヒルデさんの睨み合いが続いていた。それを先に打ち切ったのはヒルデさんだ。ふぅ、と気だるげに嘆息すると、あたしを後のでっかいおじさんに押しつけた。ポイって感じで。
投げられて目が回る、なんて言ってる場合じゃなかった。そのでっかいおじさんはあたしを軽々と肩に担ぎ上げる。うわ、これってさすがにマズくない――?
跳ね橋の辺りで担ぎ上げられたことで船底近くの波までが見える。無駄に怖い! 暴れたら落とされそう!
その時、もう一人のお供のお兄さんが突然ナイフを放った。そのナイフはいつの間にか動いていたエセルの足もとに刺さってエセルの足を止めた。エセルは苦々しい面持ちでヒルデさんたちを睨んでる。
あたしがなんとか体をよじって振り返ると、ヒルデさんはディオンに向けて強く言った。
「宝はない。そう言い張るならそれもいいだろう。でも、それならそれでアタシを納得させられるだけの代物を用意しな。そうしたら、この娘は返してやるよ」
あたし、やっぱり人質ですか……?
ディオンは冷え冷えとした声で言った。
「用意できなければ?」
すると、ヒルデさんは高らかに笑った。
「わかりきったことを訊くもんじゃないよ。じゃあ、とりあえずひと晩待ってやる。明日のこの時間にもう一度答えを聞こう。ちなみに、攻撃を仕掛けてきた時にはこの娘は両手足を縛って海に落とすよ?」
そう言い残して、ヒルデさんは跳ね橋を渡る。その次に、あたしを抱えたでっかいおじさん。最後にもう一人がみんなを警戒しながら渡った。
あたしが捕まってるから、みんな下手に動けないのかな。まるで一歩でも動いたらあたしが死んじゃうみたいに固まってしまっていた。あたしは申し訳ない気持ちでいっぱいで、跳ね橋を外される瞬間に大声でディオンを呼んだ。でも、その声をディオンはどう思ったんだろう?