③懐かしの
翌朝、あたしとマルロとファーガスさんは慌しく朝食の準備をした。ククヴァヤ島の帰り道だから、食料はそんなに多くない。ちゃんと計算して大事に使わなきゃね。
水は海水を汲み上げて蒸留するから、まだ何とかなるんだけど。
栄養不足は病気のもとだしバランスを考えないといけないんだけど、お医者さんのファーガスさんがついてるからそこは心強い。
今日の朝食はグラノーラ入りのスープ。保存の利く芋とか干し肉とかも入れて。具沢山で栄養満点。
それにパンを添えて完成。
マルロがディオンのところ、あたしがパルウゥスのところに行ってる間にファーガスさんが手早く食堂にやって来た船員のみんなに配ってる。朝は誰にとっても慌しくて、みんなかっ込むように食べて去って行くんだ。
今日も忙しい一日になりそう。
あたしは食堂に戻ると、食器が乱雑に散乱してる机の上を片づけて、使用済みの食器を桶に浸けながら洗い出す。鼻歌まじりに食器を洗ってると、次々に回収して来た汚れた皿をマルロが足して行く。それはいいんだけど、去り際に『音痴』とかつぶやいて行くのやめてよね。
ファーガスさんは床の食べ零しを掃いてくれてる。
――さてと、あらかた片づいて、今度は洗濯と部屋の掃除。マルロと分担するんだけど、まずは洗濯から終わらせないと。
最初、お風呂場で途中までは二人がかりで洗う。そこからあたしが洗い終わった洗濯物を干しに行って、残りをマルロが洗ってくれるっていうスタイルが多いかな。
「よし、じゃあ干して来る!」
「落とすなよ」
はいはい、わかってますよ、センパイ。
マルロから受け取ったカゴいっぱいの洗濯物は少し重いけど、まあマルロよりもあたしの方が力はあるんじゃないかって正直思う。
よいしょと階段を上がって更に上がって、そして甲板へ出た。うん、今日もいい天気。白い雲がくっきりと浮かぶ青空にカモメが行き交う。
甲板の隅っこの定位置にある、洗濯バサミをつけっぱなしのロープを引っ張り出す。それを帆を張ってる太いロープの一角に止めてピンと張った。やることはいくらでもあるし、さっさと干しちゃわないとね。
洗濯物のシャツをパン、と伸ばして広げた。叩いてしわを伸ばしつつ洗濯バサミで止める。それの繰り返し。……ディオン、今日は甲板にいないなぁ。操舵席にエセルはいるんだけど。
つい、目が探しちゃうんだ。そんな自分に苦笑した。
洗濯物を半分以上干せた頃かな、メインマストの上にある見張り台の方から声が降って来た。
「船影発見!! ――海賊旗あり。あれは……ウラノス号?」
ウラノス号? でも、海賊旗ってことは海賊船でしょ!?
また前みたいに大砲の撃ち合い? あたしは洗濯物を握り締めて慌てたけど、それにしてはみんなが落ち着いてた。敵船に対する警戒の色がない。――なんで?
伝令が行ったのか、駆け足でディオンが甲板へ上がって来た。そんなディオンの顔も穏やかに見えた。
「ああ、本当だな。こんなところで行き会うとは思わなかったが」
そんなことを誰に向けたのかもわからないけどつぶやいてた。
その船影は最初、豆粒くらいに見えたんだけど、ぐんぐんと近づいて来た。ディオンも甲板から、下へ続く管を使ってパルウゥスたちにあの船に近づくように指示を出してたから、お互いが接近するのは当然だ。
そばに来て、あたしは改めてその船を見た。この船とほとんど大きさの変わらないガリオット船だ。色は向こうの方が少し濃いかな。傷んでる部分もある。でも、不思議と力強さを感じる船だった。船体がこのシー・ガル号よりも少しだけ高い。向こう側から見下ろされているみたいな心境だった。あたしはとっさにディオンのもとへ駆け寄った。
「ディオン、あの船なんなの!? こんなに接近しちゃっていいの?」
いくら砲撃手のゼノンの腕がよくても近づきすぎたら大砲は撃てない。体当たりでもするんじゃないなら、ディオンが接近を許したことになる。ディオンは片眉を跳ね上げて事も無げに言った。
「ああ。旧知の船だ」
知り合い? 海賊船だよ? ライバルじゃないの?
あの船、私掠船じゃない。本当にただの海賊船だ。知り合いって、どういうことだろ――。
あたしはハラハラしながら成り行きを見守った。ウラノス号の甲板に立つ数人が確認できたけど、逆光になって顔まではわからない。ただ、その中央に腕を組んで立つ人物がきっと船長なんだって思えた。長いうねった髪が風にはためいている。
そうして、向こうの船から跳ね橋が下ろされた。シー・ガル号はそれを素直に受け入れる……。