②多角人間模様
ディオンがあたしから顔を背けても、あたしは洗濯物の間からディオンをじっとりと見つめた。
絶対にこっちを向くもんかって思ってそう――って、あたしもこんなことばっかりしてないで仕事しなきゃ。食事の支度は大変。早く干さないとファーガスさんに怒られちゃうし。怒ったファーガスさんほど怖いものはない。
――なんだけどさ、体は大丈夫かなって真剣に心配にもなるんだ。無理を無理って覚らせないディオンだから。
あたしはふぅ、とため息を漏らした。
身の丈に合ってない相手をどうしてこうも好きになっちゃったのかな。
でも、こればっかりはあたしが選べる問題じゃなかったみたい。自分の心なのに、変なの……。
そんな風に思って、あたしの手はまた止まりそうになってた。すると、いつの間にか背後に忍び寄ってたエセルがあたしを抱き締めた。
「っ!!」
とっさに悲鳴を上げそうになったあたしの口を手で塞いで耳もとでささやく。締めつけられて身動きが取れないし!
「そんなに熱視線でディオンのことばっかり見てると焼けるなぁ」
干したシーツの裏側。誰も気づいてくれない!?
んー、とあたしが唸ってると、救世主がやって来た。
ゴリ、と鈍い音がエセルの後頭部の辺りでした。
「操舵手が持ち場を離れちゃいけないな」
この穏やかな声はゼノンだ。一応、助かったのかな。エセルの手がゆるんでほっと息をついたあたしが振り返ると、そこにはエセルの頭に短銃の銃口をグリグリと押しつけているゼノンがいた。
げ――。
え、笑顔は爽やかなんだけどさ、大丈夫?
さすがのエセルも薄ら笑いは浮かべてなかった。両手を軽く上げてる。
「嫌だな、もちろん空だよ?」
「あ、うん……」
「空でもやるなよ……」
エセルがどっと疲れた顔をした。ゼノンは相変わらず笑顔だ。
「エセルがそういうことをするから」
「お前だってしたいんじゃないのか?」
ゼノンがピクリと肩を揺らす。ちょっと、刺激しないでよ。
…………。
「どっちも結構です」
あたしはすかさず断った。そうして、ひとつ息をつくと改めて言った。
「あたしの気持ちは変わらないの。じゃあね!」
後二枚残っていた洗濯物のシャツを手早く干すと、あたしは二人をシーツの裏側に置き去りにして船内に駆け込む。ファーガスさんとマルロには時間がかかりすぎだって怒られた。はい、ゴメンナサイ。
その晩、あたしはヴェガスたちのところで就寝する。
ヴェガスは優秀な船の漕ぎ手、小人族パルウゥス。パルウゥスのみんなのリーダーだ。
今日はヴェガスと休息時間が合って嬉しい。あたしはヴェガスにも正直に気持ちを話した。
ヴェガスはやっぱり手放しで賛成してくれなかった。優しく言ってくれたけど、それは苦言だった。
「ディオンか……。人物としては問題ないと言えるけれど、彼の立場は難しい。ミリザを選んでくれるとは限らないから、君が泣くことになるのではないかと心配だ」
そうだね、きっと今後もたくさん泣かなきゃいけないんじゃないかって感じる。だからヴェガスたちはゼノンがオススメ。でも、そんな風に都合よくはいかないよ。
「うん、その時はみんなに慰めてもらうかもね」
あたしはなるべく明るく言った。
「ほら、つらい恋をして女は磨かれるんだよ?」
「そう……なのか?」
ヴェガスが困ってる。つぶらな瞳を瞬かせた姿が可愛かった。
こうしてヴェガスと話していて、あたしはふとあることを思い出した。
「あ、今日も忘れちゃった」
あの時、ククヴァヤ島でヴェガスが見つけて来てくれた宝物――安っぽいとか言ったら怒られるかも知れないけど、濃紫色をした石のついたネックレス。それは本当に石。宝石って呼べないような輝きのない石っころ。装飾も皮ひもで吊ってある適当さ。
これを隠して地図を記した人にとっては思い出の品なのかも知れないけど、それ以外の人間にはガラクタに過ぎない。
これをヴェガスから受け取った時、ディオンは毒で寝込んでた。だからあたしが預かって、そのまま。
あれから毎日、今日も報告し忘れたって寝る前に思い出すんだよね。いつでも渡せるようにって身につけてるのに、作業の邪魔になるからっていつも服の下に押し込んで存在を忘れるんだけどね……。
すぐに忘れちゃうのは、あたしがこの宝物に価値を見出せないからだ。ディオンにしたってそう。
見せたらきっとガッカリする。宝物の所在は曖昧なままの方がロマンがあっていいのかも知れない。
でも、あたしが持ってたって仕方ないんだし、渡すけどね。
明日こそ。
とか言って、明日の朝にはまた覚えてないのかも――。
あたしは首から下げたネックレスを軽く指で弾いて、それからパルウゥスのみんなに挨拶をして眠りについた。