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エイ君の忍者

作者: 牛革子

通勤、通学途中の電車の中で、忍者を飛ばしたことがある方はどれくらい居るのでしょうか。

わたしの知り合いのエイ君は、通勤途中の電車の中で忍者を飛ばしている。紺色の忍装束の胸元を掴み、車両の端から端まで、投げ飛ばすのだそうだ。

エイ君はほっそりとしていて、色白で、生真面目な青年だ。とてもそんな豪快なことをするタイプには見えない。その話を聞いたとき、人は見かけによらないものだと、わたしはしみじみ思ったのだった。


ある日、わたしは駅のホームで忍者を見つけた。忍者はうなだれて、ホームの隅にしゃがみこんでいた。

どうしましたか、と私は忍者に言おうとしたのだけれど、紺色の頭巾や、脛まで覆う黒い足袋が、あまりに忍者らしいものだったので、わたしはつい、どうしましたでござるか、と言ってしまった。


毎朝、飛ばされるねんで


忍者はぼそりと呟いた。わたしは、せっかく、ござる、と忍者らしい語尾をつけたのに、関西弁で返されたので、バカにされたようで少し腹が立った。ここが関西ならそれもわかる。けれどここは東京だ。JR四ッ谷駅の、2番線ホームなのだ。


忍者なら、ござるをつけてよ


わたしがそう言うと、忍者は立ち上がった。


満足でござるか!


立ち上がり、そう叫んだ。忍者の頬は涙で濡れていた。


拙者は忍者でござる!これで満足でござるか!そうだ!みんなそうでござるよ!拙者を拙者たらしめているのは、貴様らが生み出した忍者というイメージでござる!忍法を使い影分身、竹輪をくわえて水遁の術、クナイや手裏剣、1対10、15、20は当たり前!そして朝の電車の中では暇潰しに飛ばされる!それが拙者でござる!!忍者でござる!!うはははは!!


わたしはだんだん、苛々してきた。忍者を蹴り飛ばして、ホームから落としてやりたいような気がした。けれどそれは殺忍者だ。犯罪だ。


じゃあ、やめればいいじゃない


わたしは、蹴り落とすかわりに、そう言った。うはははは、と笑い続けていた忍者は、口を閉じてわたしを見つめた。


やめれば、いいじゃない。忍者なんて、やめちゃえばいいじゃない


忍者はうつむいて、ゆっくりと頭巾をとった。そして、頭巾をホームに叩きつけた。


そうや!こんなん、ええかげん、あほらしいわぼけ!!


忍者はそう言うと、忍装束を脱ぎながら、ホームを歩き、改札口へと続く階段を登っていった。ホームから階段を見上げると、真ん中と、上のほうに、紺色の布が落ちているのが見えた。

わたしは目を閉じて3秒、彼の無事を祈った。


それから数日後、わたしはエイ君と会った。ドトールコーヒーの自動ドアを二人でくぐった。店内はとても混んでいた。注文の列に並びながら、まだ忍者飛ばしてるの、とエイ君に聞いた。エイ君は首を横にふった。


もう忍者を飛ばすのはやめたよ。いつも、飛ばせる環境とは限らないからね。今は、本を読んでいるんだ。そのほうが、確実だし、建設的だからね。


わたしたちの順番がきた。わたしはブレンドコーヒーのSを、と店員に言った。カウンターに立つ店員の顔を見て、わたしはあっ、と小さく叫んだ。店員はエイ君の注文を聞いて、代金を受け取ると、隣のカウンターでお待ちくださいと言った。わたしたちは横にずれた。


忍者、転職したみたいだね


エイ君は不思議そうにわたしを見ると、君は時々変なことを言うよね、と呟いた。


カウンターに、わたしたちの飲み物が置かれた。わたしはそれを取ると、エイ君の顔面目掛けてぶちまけた。

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