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自分が知っているよりも、幾分小さくなった身体が大きな寝台の上に横たわっていた。真っ白なシーツに包まれて。青白い顔をして。そして何より、大好きだったふわふわの髪の毛は無惨な程に短く切り揃えられていた。その髪を梳るように手を入れてみても一瞬の内になくなるその感触。
薬によって眠り続ける小さな体。おそらく、自分の元を離れたあの日から満足に眠れなかったのだろう。容易に推察できた。どれだけ辛い思いをさせたのか。シーツの中のあどけない表情は、始めて出会ったあの日を彷彿とさせる。クロードは、その柔らかな頬にそっと触れた。
「二人きりに、してくれないか。」
静かに告げた。
「かしこまりました。
御用がおありの時には、お知らせ下さいませ。」
痛ましい表情を浮かべた侍女は、それでも心得たように一礼するとその場を辞した。かすかな衣擦れの音とともに。
ぱたん。
卒のない、洗練された仕草で。あっけなく扉は閉じられた。
扉の外で、侍女が流したひと雫。緩やかに頬を伝って、床しみ込んでいった。
クロード様、どうかミシェル様をお助け下さいませ。
幼い頃から見守ってきた二人の姿が、脳裏に走馬灯のように蘇る。暖かな笑みを浮かべたクロード。それに包み込まれるようにして甘える可愛らしい姫君。心を込めてお仕えしようと誓った。永久に続くかと思われた、幸せで、やさしい時間。あっという間に奪われてしまったけれど。それでもどうか、幸せを。
言葉にならない想いは、雫となって、やがて消えていった。
昔から、ミシェルだけが自分の宝物だった。小さな真っ赤な掌で、縋り付いてきたあの日から。この命に代えても守りたい。彼女さえいれば、何も要らない。そんな風にさえ思っている。忘れた振りをしていた。そうでないと、耐えられなかった。
彼女の健やかな毎日とその幸せを願うからこそ、この、小さな手を手放した。断腸の思いだった。寂しくてどうにかなってしまいそうだった。事実、あの日から笑った事なんてあっただろうか。この子がこのまま死んでしまうのなら、それより先に逝きたい。
ほの暗い思いが頭をかすめる。
幾度その乾いた唇に、自分のそれを重ねても、おとぎ話のように彼女が目覚める事はなかった。
「愛していますよ、ミシェル」
つるりとこぼれる言葉は、万感の思いをのせて。シーツの上を涙の粒が転がり落ちていく。このまま、儚くなっていくこの子を見届けなければいけないのだろうか。医師は、目覚めない可能性が極めて高いと言う。覚醒は奇跡だと、そう、言っていた。
これ以上の悲しみが、果たしてあるのか。もう一度、名前を呼んで欲しい。
「朝ですよ」
聞こえないと解っていても、呼びかけずにはいられなかった。
ミシェルは夢を見ていた。
クロードの居る夢。それだけで、幸せだと思った。だって、夢でも良いから逢いたいって、ずっと思っていたから。幸せで、頬が緩む。大好きな温もり。ずっとこのままでいてほしい。
そのはずなのに、だんだんと不安が押し寄せてくる。この温もりを、失いたくない。夢が覚めれば行ってしまう。そう。これは夢だ。
「すてないで」
気づけば、その腕を取っている自分が居た。
そう言って、クロードに縋り付く夢。違うのに。知っているのに。彼の思いを。真心を。彼が簡単な気持ちで私の手を離したんじゃないってことくらい、解った顔をして王宮を離れたのに。捨てられたなんて幻想。
だけれど、これは夢。心の奥に隠した子どもっぽい思いを、少しくらいぶつけても構わないでしょう?悲しかったのよ?本当に。貴方が居なくて。とても不安だったのよ。
ふわふわとした意識の中で、頭を撫でてくれる掌の温かさを感じた。優しくて、懐かしくて。もう少し、このままで。