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⑥美人秘書と婚約者(驚)

 それは、とある青い惑星の片隅、常夏の楽園に佇むリゾートマンションでの出来事。


 この高級リゾートマンションの最上階に住む、ウィリアム=ウインストンは、自らを天才化学者と言い張るイタタな青年だ。


 けれど、その父は巨大企業集団の頂点に立つ傑物である。ウィリアムは自分と微塵も似ていない父の存在を、時々忘れかける。どんな顔をしていたかな、と。


 オッサンの写真なんて見たくないし、会いたいとも思わない。

 向こうもそうだ。ウィリアムの大学の単位がスレスレであろうと、女の子と同棲していようと、そんなことは知らないままだ。


「ウィリー、今日のおやつはタルトタタンでしょ? リンゴのいい匂いがするっ。早く切ってよ」


 オープンキッチンのカウンター越しに、アシュリという美少女が目を輝かせてウィリアムと手もとのタルトタタンを見ていた。


 軽くアップにした、ハニーブロンドのふわふわな髪。長いまつげに縁取られた金色の瞳。滑らかなばら色の頬。

 背中がちらりと見える、バックスタイルが印象的なTシャツにタイトなデニムのミニスカ。今日は甘さ控えめのコーデだ。小悪魔的な、などという表現は少しおかしいのかも知れない。

 何せ、彼女は本物の悪魔だから。


 ウィリアムが暇にあかせて召喚した悪魔で、危うく魂を抜かれるところだったのだが、今は逆に手懐けてしまった。もともと、能力の低いへっぽこ悪魔なので、普通に過ごしている分には人間とそう変わらない。ちょっと耳が尖り気味で、時々指からレーザーを発射するくらいだ。


 ウィリアムはアシュリを召喚してからというもの、食事を与え、お菓子を与え、好みの服を着せて、まるで愛玩動物のような扱いをして来た。かわいいけれど、眺めているだけでいい。そう思っていたのに、先日それが疑わしくなるようなことが若干あり、ウィリアムは一人で混乱中である。




 今日もウィリアムは窓辺でぼんやりとしていた。


 常夏の日差しはお肌に悪いが、この部屋の窓は紫外線防止効果があるから平気である。

 すると、急に白衣のポケットからベル音が鳴った。ウィリアムは慌ててポケットに手を突っ込み、携帯端末をピ、と操作する。


「久し振り」

「……なんだ、ミシィか」


 艶のあるその声に、ウィリアムはうんざりする。


「なぁに、その嫌そうな声は。……まあいいわ。今すぐ行くから」

「え、ちょっと……」


 言いかけた言葉が最後まで出なかった。バン、と盛大な音を立て、玄関の扉が開かれる。すぐと言ったら、本当にすぐだった。


「セキュリティは!」


 警備会社を訴えてやりたくなる。


「会長――あなたのお父様に合鍵スペアキーを借りて来たから、セキュリティなんて関係ないわ」


 と、彼女ミシェルは勝ち誇ったように嫣然と微笑んだ。

 ミシェルは父の秘書である。

 しかも、絵に書いたような美人秘書だ。


 高級感のあるパールグリーンのスーツから伸びる脚は、相変わらず輝きを放っていた。そればかりか、さりげなく、それでいて強調された胸元や、艶やかな唇、きりりとした目もと。豪奢な金髪。どこを見ても男性ならドキドキしてしまう。


 けれど、ウィリアムは彼女が苦手だった。外見は辛く見て89点だけれど、やっぱり苦手だ。

 何故なら、父の秘書であると同時に、愛人であるとも噂されているからだ。


「親父に、俺の様子を見に行って来いって言われたのか?」

「そうよ」


 あっさりと認める。

 けれど、父がウィリアムの様子を気にするのは、世間体のためでしかない。自分の顔に泥を塗ってほしくないから、思い出した時だけこうして彼女を寄越す。

 親の金で生活している身なので、文句など本来言えないのかも知れないが、そこは棚に上げておく。


「別に、何にも変わりない。親父にそう伝えてくれたらいい。じゃあな」


 と、ウィリアムはミシェルに歩み寄り、その肩に手を添えると、くるりと回した。そして、その背を押し出す。

 けれど、彼女は逆にウィリアムの足を跳ね上げた。


「うわ!」


 バランスを崩して転がったウィリアムに、ミシェルは仁王立ちしながら言い放つ。


「話があるの。ちゃんと落ち着いて聴きなさい」


 父と再婚するから、ママと呼べとか言われたらどうしよう。

 ウィリアムは寝転びながら拒否の姿勢だった。


「嫌だ」


 このまま踏み潰されても、それは嫌だった。

 そんなウィリアムのところに、ぶっさいくなぬいぐるみのポポ太を抱いたアシュリが駆け寄って来る。


「ウィリー、大丈夫?」


 その段階になって始めて、ミシェルはアシュリの存在に気付いたようだ。グレーの瞳を丸くしている。


「この娘、誰?」

「誰って……」


 毎回毎回、説明に困る。勝手に想像してくれ、とウィリアムは投げやりに思った。


「アシュリです」


 アシュリは友好的な笑みを浮かべた。

 そんな彼女を、ミシェルは値踏みするような目で見る。


 並みの女性ではミシェルの美貌に敵わないけれど、アシュリなら張り合える。いや、ウィリアム的には勝ってると思う。美貌対決をしているわけではないけれど、二人を並べてみて、つい。


「私はミシェル=ハロッド。アシュリさん、あなたはウィリアムの恋人なの?」


 ぽかん、とアシュリは口を開けた。

 まあ、そうだろうと思う。そして、否定するんだろう。ウィリアムはなんとなく聞きたくなくて、その場を逃げ出すことにした。


 けれど、ミシェルに首根っこをつかまれる。

 アシュリはあはは、と笑っていた。


「恋人ではないです。でも、大好きです」


 ウィリアムは心の中で、え、と心臓が高鳴るのを感じた。絶対、最近調子がおかしい。医者にかかろうかと思うくらいに。


 けれど、すぐに思い当たる。おやつをくれるから、ポポ太の次に好かれているのは間違いなかったのだと。ちょっと、意味合いの違う言葉なのだ。

 そんな無邪気なアシュリに、ミシェルはすっと目を細めた。


「そう。でも、ウィリアムは今は好き勝手してるけど、財閥の跡取り息子なのよ。つまり、彼の人生は彼のものではないの」

「はぁ」


 アシュリは意味がわからなかったようだ。ウィリアムも、認めたくない。

 精一杯、ミシェルを睨み返した。


「俺の人生が俺のものじゃなかったら、なんだって言うんだ! 俺は誰のために生きてるんだよ!」


 すると、ミシェルはゾッとするようなことを言った。


「私のため」

「は?」

「あなたは私のために存在するの」


 言葉の意味がわからなかった。唖然とするウィリアムを、ミシェルは壁に叩き付けるように押しやった。その勢いで、ポケットから携帯が吹き飛び、床に転がり落ちる。ピピ、と鳴った電子音も、ウィリアムには届かなかった。


「どうして私が会長に目をかけられているか、いい加減に気付きなさい」

「なんでって、親父の愛人だからだろ」


 吐き捨てたウィリアムの両脇に、ミシェルはバシン、と両手を付く。そして、体をウィリアムに押し付けて二人の間隔を埋めた。その肉感に、ウィリアムはたじろぐ。何せ、父の愛人だから。

 けれど、ミシェルはぴしゃりと言い放った。


「違う。デキの悪い息子の嫁にと考えてるからよ」

「はあ?」

「あなたに拒否権はないの。わかった?」


 するりと手が伸び、固まっているウィリアムの頬に触れる。アシュリはこの光景をどう見ているのか、ウィリアムは眼球のみをそちらに向けようとした。

 その時、ピンポン、とインターホンが鳴る。


「あ、はい」


 アシュリは普通に二人の横をすり抜け、玄関を開いた。

 そこに立っていたのは、いつものブティック店員。牛柄のスーツにメタリックな赤い蝶ネクタイ。靴も同質だ。


 けれど、何故か怯えた目をしていた。

 ものの五分で地下からやって来たのだろうが、今日は呼んでいない。さっき携帯を落とした拍子に、着信履歴のあったところにかかってしまったのかも知れない。無言電話だったけれど、ナンバーが表示されている以上、行かないわけにはいかなかったのだろう。


「ほ、本日は――」


 震える声で言いかけ、豊満な美女に迫られているウィリアムを目に留めた。

 けれど、特に目をそらさない。何故なら、今までで一番まともなシチュエーションだったからだ。


「悪い。手違いだ。今日はいいけど……」


 できれば助けてほしい。そんな願いを込めたが、店員はあっさりと、さようですか、と言って扉を閉めた。心底ほっとしていたのは、気のせいだろうか。


 ミシェルもブティック店員の強烈な個性に、一瞬状況を忘れてしまったようだが、すぐになかったことにした。


「あなたが少しくらい別の娘と遊んでも許してあげるつもりだったけど、そろそろ自覚してもらわないとね」


 父の愛人だと思っていた女性が、実は自分の婚約者だったなんて聞かされて、すぐに受け入れられるはずがなかった。目を回しかけたウィリアムに、ミシェルはグロスできらめく唇を寄せる。

 そんな時、アシュリがミシェルのスーツのすそを引っ張った。


「あの」

「――何?」


 ミシェルはイラッとした表情をアシュリに向けた。アシュリは、少し困ったように言う。


「ウィリー、困ってますから」


 たまにはまともなことを言う。ウィリアムはその隙にミシェルの下から抜け出した。激しく動悸がする。


「帰ってくれ! 帰って、親父に大馬鹿野郎って伝えて来い!」


 パニックになって叫ぶウィリアムを、ミシェルが冷ややかに見据える。


「ウィリアム、あなた、私に不満があるとでも言うの? あなたと私、勿体ないのは私の方でしょ?」


 才媛と自称化学者のイタタな青年。でも、自分で言うな。


「勿体ないと思うなら、俺じゃなくていいだろ! 俺は――っ」


 何を言いかけたのだろう。

 はた、と思考が停止してしまった。


 突如、呆然とし始めたウィリアムを二人は不思議そうに眺めている。ウィリアムは、ミシェルではなくアシュリだけに目を向けた。

 アシュリはポポ太を抱き締めたまま小首をかしげる。


「俺は……」


 しょんぼりとそう繰り返した。

 毎日、ただ無邪気に、自分の作ったお菓子をおいしいと食べて笑顔を向けるアシュリと、もう少しそばにいたい。それが本音だったのかも知れない。


 ミシェルが美人でも、親が選んでも、これ以上の幸せな時間は与えてもらえない。何故かそう思ってしまった。


「まさか、私よりその娘がいいって言うの?」


 プライドの高いミシェルにとって、それは屈辱以外の何ものでもなかったのだろう。だからこそ、ウィリアムはそれを逆撫ですることにした。ミシェルの方から断ってもらった方がいい。


「そうだ」


 短く答え、ウィリアムはアシュリに手を伸ばした。手首を引き寄せ、よろけたアシュリの肩を受け止める。

 ミシェルを追い返すためだったと言い訳できるから、ウィリアムはどさくさに紛れたと言っていい。


「俺はアシュリがいいんだ」


 当のアシュリは、ウィリアムに抱き締められ、ぼうっと状況を考えている風だった。二人の間に挟まれているポポ太の、苦しーよー、綿が潰れちゃうよー、毛並みが台無しだよー、という叫びを脳内で聞いているのかも知れない。


 ミシェルは、顔色を赤くして鼻の頭にしわを寄せた。相当に怒っている。

 普段がクールな美人のため、異常に怖い。


「会長が黙っていると思うの?」

「知るか。勝手に離婚したくせに、俺の結婚には口出しするのかって伝えとけよ」

「……後悔するわよ」

「しない。だって、俺はミシィと結婚したいわけじゃない」

「…………」


 すると、ミシェルはウィリアムにあっさりと背を向けて、ヒールがめり込むほどに力強く床を踏み締めながら去った。


 ウィリアムはほっと息をつき、その腕の中でアシュリは身じろいだ。

 すると、意外なことに、アシュリは少し怒っている風だった。ポポ太を潰したのがいけなかったのだろうか。


「……悪かった」


 そのことに対して謝る。けれど、アシュリの怒りはそのことではなかった。


「ミシェルさん、傷付いてたよ。口では素直じゃなかったけど、とってもきれいな魂だった」


 実は繊細なんだと。

 ウィリアムは少し後味の悪さを感じる。けれど、じゃあ、どうして。


「だったら、なんであの時、止めに入ったんだよ?」


 そうつぶやくと、アシュリは小首をかしげた。それから、ああ、ともらす。


「だって、ウィリーって、キスされると泣いちゃうから」


 ぷつ。


 頭のどこかで嫌な音がした。

 ふざけんなと叫ぶより、気が付けば体が動いていた。


 アシュリのふわふわのハニーブロンドをすくい上げ、首筋に手を回す。とっさのことに、呆気なく接近を許したその唇を塞ぐ。


 けれど、それは0.7秒ほどのことだった。感触を確かめるゆとりもない。

 アシュリから放出された帯状の光が、一気にウィリアムを弾き飛ばした。ウィリアムは壁まで吹き飛び、ぐ、と声をもらしてぐったりした。そこまでするか、と。


「わ、わ、ごめん。びっくりしちゃって……」


 そうだった。

 どんなに笑顔を向けられても、無防備に甘えて来ても、それに惑わされている自分が馬鹿なだけだ。

 姿かたちが似ていても、アシュリは悪魔。そして、自分は人間。

 忘れてはいけないことを、忘れていた。

 アシュリはそれを、忘れてはくれないだろう。


「……タルト」

「え?」

「荒熱取れてたら食べればいい。俺、少し出て来るから」


 その、ぼんやりとしたウィリアムの様子に、アシュリはただおろおろと困惑している。


「で、でも……」

「ミシィに謝って来る」


 そう言って、ウィリアムは外へ出た。

 けれど、本当は、その場から逃げ出したい気持ちの方が強かったのかも知れない。


 化学は、こんな時、手を差し伸べてはくれないものなのだろうか。

 

 コメディー要素が行方不明な展開です(汗)


 五話くらいで終わらせる予定が、ずるっと六話目に……。

 今のところ、七話完結のつもりですが。


 短く話がまとめられる方ってすごいですよねー(涙)

 

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