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⑤新人後輩とコレクション(拒)

 自称化学者、ウィリアム=ウインストンは、ひょんなことから召喚した悪魔っ娘のアシュリと同居中である。同棲というには色気がなさ過ぎるので、やっぱり同居だ。


 アシュリは今日もウィリアムの好みの服を着せられていた。

 常にミニスカ。今日は黒い襟にワインレッドのドット柄ワンピースだ。

 ルックスが唯一のとりえだと思う。人のことは言えないウィリアムだが、自分のことは棚に上げている。


 アシュリは悪魔なのだが、正直に言うとあまりやる気のないへっぽこ悪魔である。

 最初に召喚した時だけはやる気を見せていたが、後はそうでもない。『やる気を出す=魂を抜かれる』なので、やる気なんてほっぽリ出してくれて構わないのだが。


 なんというか、平和な毎日だった。

 相変わらず、発明はひらめかないし、化学の限界は打破できない。

 なのに、そんなことを忘れてしまうくらいに平和だ。


 時々、アシュリの上司だとか、おかしな悪魔が来ることもあったけれど、それも不本意ながら仲良くなってしまったので、もう魂を抜かれる心配はないはず。

 アシュリも自分が悪魔だということなんて忘れて、毎日お気に入りのぬいぐるみのポポ太と戯れ、脳内会話をし、ウィリアムの作ったおやつを食べている。


 ウィリアムは悪魔と一緒に暮らしているという非日常にすっかり慣れてしまった。

 時々、ウィリアムもアシュリが悪魔だと忘れてしまう。

 忘れてしまうと、アシュリはただの、ウィリアム採点で外見が98点な女の子だ。


 今日も平和な昼下がり、おやつのパンナコッタ(ラズベリーソース添え)をぺろりと平らげ、アシュリはソファーでうとうとしていた。そんな姿は、まるで子供のようだ。外見よりも、中身は子供っぽい。そんなところがかわいいといえば、そうなのだが。


 ただ、かわいいけれど、ウィリアムにとってアシュリはよくわからない存在だった。

 かわいいと思うけれど、眺めているだけで満足している。

 二十一歳男子が、外見が98点の女子と一緒に暮らしていて、それでいいのかと思う人もいるだろう。けれど、やっぱり、異種同士、お互いに意識し合うことがない。


 アシュリはウィリアムにとって、妹でも恋人でもなく、もっと適切な言葉を使うのであれば、ペットだ。

 えさを与え、好みの服を着せ、眺めて和む。

 自分の考えに、ウィリアムはぶるりと震えたが、それが一番納得の行く答えだったように思う。


 そんなウィリアムの思考を知らないまま、アシュリはうたた寝をしていた。ポポ太を抱き締め、薄ら笑いを浮かべて眠っている。時折、うふふ、と声がもれた。その脳内はきっとお花畑だ。


 ウィリアムはそんな様子を眺めて苦笑気味にため息をつくと、パソコンデスクの前に座った。たまには化学者らしく、論文のひとつでも書こうかという気になったのである。ようするに、アシュリが寝てしまうと話し相手もいなくなり、暇なのだ。


 ぽやん、と立ち上がったホログラムの画面。保存してあったファイルをクリック。

 けれど、まさかの事態が起こる。

 そのファイルはダミーだった。

 バン、と破裂音と共にホログラムの画面は消し飛び、ウィリアムは思わず悲鳴を上げた。


「な、な……っ」


 このパターン、前にもあった。

 砕け散ったホログラムの欠片が、空間の中で連なって線となる。それらが描き出したのは、魔法陣だった。

 ウィリアムは、勘弁してくれと泣きたくなる。


 どうして、昨今の悪魔連中は、科学の粋であるコンピューターを媒体にするのだ。テクノロジーの進歩に伴い、時代の波に乗らなくてもいいのに。これでは、うっかりパソコンもいじれない。

 うたた寝していたアシュリも目が覚めたようで、怯えた目をしてソファーの上で頭を抱えた。


「まさか、またあいつか!」


 思わず叫んでしまった。というのも、前回やって来た悪魔、リッター=フォルカロルのせいである。

 アシュリの直属の上司らしいのだが、エリートのくせに、無意識のセクハラをする。できれば二度と会いたくない悪魔だ。


 また来るとは言っていたが、早すぎる。勘弁してほしい。

 けれど、光り輝く魔法陣の六芒星ヘキサグラムの中心から、腰までの上半身を出現させたのは、そのセクハラ上司ではなかった。


 チャコールグレーの艶やかなショートヘアー。大粒のピジョンブラッドのような双眸。幼さを残した、整いすぎた顔立ち。ほっそりとした華奢な体。

 年齢は十五歳くらいだろうか。かなりの美少年である。

 彼はそのままの体勢で、ものめずらしげにウィリアムの居住空間を眺めていた。


「へぇ、人間界にこんなところがあるんだ?」


 蠱惑こわく的な声でそうつぶやく。

 そして、魔法陣からするりと抜け出し、真っ白な床の上に降り立った。その動きは軽く、ふんわりと浮かんでいたように思う。


 服装はリッターと同じようなダークスーツだった。少年悪魔が着ると、何故か妙な色香がある。

 ただ、いくら美少年であろうと、ウィリアムに男を採点する趣味はないので、点数はないに等しい。

 アシュリはソファーの上で縮こまっていたが、来訪者の姿を確認すると指をさした。その指先が定まらないほどに震えている。


「ヴィ、ヴィオ……」


 ヴィオと呼ばれた少年悪魔は、ようやくアシュリに目を向けたが、悪魔らしからぬドット柄ワンピースのせいか、失笑された。明らかに馬鹿にしている。


「ああ、先輩、お久し振りです」


 ニヒルな微笑みに、アシュリは一瞬情けない顔をしたが、一応先輩の威厳を保とうとしたらしく、勢いよく立ち上がった。


「どうしてここに?」


 すると、彼は鼻で笑った。


「先輩が魂ひとつの回収に時間をかけすぎているから、僕がお手伝いに来たんですよ」


 またしても、命の危機。ウィリアムはもう、気が遠くなる。


「だ、駄目よ。フォルカロル様だって、ウィリーの魂は抜かなくていいって……」


 すると、ヴィオは頬を一瞬だけ引きつらせた。多分、リッターのことが嫌いなのだろう。無理もない。


「そう。フォルカロル様は、放っておけばいいと仰いました。フォルカロル様ともあろうお方が、魂の回収を放棄するなんて、信じられませんね」


 嫌いだけれど、能力はかっていたのだろう。だからこそ、綻びが許せないようだ。


「先輩がもたもたしている間に、僕は五十六人の魂を集めました。だから、実は先輩よりも先に昇格しましたし」


 その一言に、アシュリは目に見えてショックを受けていた。ヴィオはそのセリフが言いたくてここまでやって来たのではないかと、ウィリアムはひそかに思った。


 営業成績をグラフにするというえげつないことをしてみると、アシュリの名前の欄には何ひとつ書き込まれず、無残な状態であるはずだ。その差は歴然だろう。いたし方がない。

 かといってウィリアムは、アシュリに魂を差し出してあげるつもりはないのだから、協力は無理だ。


 ヴィオはさて、と言葉を切った。

 そして、周囲を見渡し、ウィリアムの存在に目を留めた。その血のように赤い瞳が、ウィリアムのアイスブルーの瞳を直視する。ウィリアムは思わず、パソコンの前で椅子を引いて後ろに下がった。


 蛇ににらまれたカエル状態である。じっとりと、嫌な汗をかいた。

 すると、ヴィオは先輩であるアシュリに対するよりも好意的な笑顔をウィリアムに向けた。


「あなたがウィリアム=ウインストンさんですか」


 ウィリアムは否定も肯定もせず、ただ強張った顔で固まっていた。ヴィオはゆっくりと歩み寄る。


「初めまして。僕はヴィオ=フラウロス。アシュリ先輩の優秀な後輩です」


 自分で優秀とか言う。

 天才科学者だと自称するウィリアムは、自分のことをまたしても棚に上げた。


 ウィリアムはようやく椅子から立ち上がり、ヴィオがいる場所を避けて、反対側から逃げる。けれど、ヴィオは驚くような素早さで、ウィリアムの腕をがっちりとつかんだ。それこそ音速というべきか、動きがまるで見えなかった。ウィリアムは小さく悲鳴を上げる。

 そんなウィリアムに構わず、ヴィオはじぃっとウィリアムを観察していた。アシュリは慌てて二人に駆け寄る。


「だ、駄目! ウィリーの魂を抜いちゃ駄目だからね!」


 アシュリは、ウィリアムのもう片方の腕にしがみ付き、優秀な後輩をにらむ。ヴィオはすっと目を細め、冷えた声で言った。


「魂を抜くつもりがないのなら、先輩はどうしてここにい続けるんですか? 他に、ここにいなければいけない用でもあるんですか?」


 それは、ウィリアムにとって、なるべく考えないようにして来たことだった。

 アシュリがここにいる理由。

 実は、ウィリアムにもわからなかったのだ。

 ただ、ポポ太がいて、毎日おやつが出るからなんて理由だろうか。

 いくらアシュリでも、仕事を放り出してそんな理由、あるだろうか。


 ウィリアムはそろりとアシュリを見下ろす。アシュリは、ほうけていた。

 まさか、アシュリ自身、そこは考えていなかったのだろうか。ただ、毎日を満喫していたと。

 目に見えて焦り出した。言い訳を考えているのだろうが、浮かばないようだ。

 あまりのへっぽこ振りに、ヴィオは大きく聞こえるようなため息をついた。


「いい加減にしないと、クビになりますよ。先輩の踏ん切りが付くように、ウィリアムさんの魂は僕が頂いて帰ることにしましょう」


 がっちりと捕らえられた腕は、びくともしない。ヴィオの指は女の子のように細いのに、すさまじい力だった。お菓子もぬいぐるみも、水着姿のご婦人も、この少年悪魔には通用しそうにない。

 尚も困惑して振り解こうとするウィリアムをじっと見つめ、ヴィオは意外な言葉を一言漏らす。


「ウィリアムさんは人間にしてはきれいな顔立ちをしていますね。僕はきれいなものが好きなので、魂を抜いた後、僕のコレクションに加えて差し上げますよ」


 ウィリアムは、ヒッと悲鳴を上げた。嬉しくもなんともない。


「駄目だってば!!」


 アシュリは泣きそうになりながら叫ぶが、丸無視だ。

 ヴィオはウィリアムの頬を撫で、妖しく微笑む。ぞわぞわと背中に寒いものが駆け抜けたウィリアムだったが、ヴィオはそんなウィリアムの様子さえ楽しんでいるかのようだった。


「そうですね、魂を抜いてからではおもしろくないので……」


 と、小柄な身長を精一杯伸ばし、ウィリアムの唇を奪う。

 アシュリはあんぐりと口を開け、二人の傍らに立ち尽くしている。当のウィリアムは、頭が真っ白だった。

 顔を離し、至近距離できれいに微笑む美少年に、ウィリアムは泣き出したい気持ちでいっぱいになった。


 いくら美少年とはいえ、男だ。男と。男と。

 正直、魂を抜かれる次くらいにショックで、ウィリアムはくらりとした。


「男と……男と……」


 そうつぶやくと、ヴィオは眉を跳ね上げる。


「僕が男だなんて、いつ言いました?」

「え?」


 ダークスーツにつるつるぺったんの細身の体。言われていないけれど、思い込んでいた。

 男じゃない。その一言で、ウィリアムは救われた気がした。

 クスクス、と甘い響きのある笑い声を立て、ヴィオはウィリアムに寄り添う。


「僕は美しいものに囲まれている時が一番幸せなんです。ですから、あなたも僕のコレクションになったら、大事にしますよ。……では、そういうことで」

「ちょ、ちょっと待て!」


 そういうことで片付けられては困る。ウィリアムは三度目の命の危機に、あわあわとうわ言を繰り返しながら、必死で頭を使った。ヴィオの弱みはなんなのか、と。

 そうして、わらにもすがるような思いで、ウィリアムはポケットの携帯端末に手を伸ばし、ピピピと操作した。


 ものの五分で、地下からブティック店員がやって来る。その五分が、これほどまでに長く感じられたのは初めてだった。

 ブティック店員は、妖しい美少年といつもの美少女を両脇に侍らせたウィリアムを一瞥すると、見なかったことにした。ただれた修羅場も、金になるならどうでもいい。


「本日は、何をご所望でしょうか?」


 キラキラと金色に輝くうろこ柄のスーツ。カールしたひげ。赤い縁の眼鏡。テカテカの頭髪。

 人の見立てはできても、自分の見立てはできないブティック店員。

 その姿が視界に入った途端、ヴィオは目をむいて硬直した。

 ヒィッと悲鳴さえもらし、ウィリアムにすがり付く。


「な、なんですか、あの生物は!」


 あのブティック店員は、完全にヴィオの審美眼には耐えがたい存在のようだ。なんとなく、そんな気はしたのだが、やはり効果があった。

 吸血鬼に十字架を突き付けたようなものだろうか。


「ええと、こちらの方に、君のステキな洋服と同じものを」


 ウィリアムの意外な一言に、店員は首をかしげた。だが、深く追求はしない。


「かしこまりました」


 一歩、ヴィオの方に歩み寄る。その途端、ヴィオはうわぁ、と大声を出して部屋の隅まで逃げた。


「く、来るな!」

「はぁ……ですが、それではサイズが測れません」


 毒々しいまでの個性を振り撒き、ジリジリと歩み寄る店員に、ヴィオは真剣に怯えた目をして後ずさる。そんな光景を、ウィリアムは店員を応援しつつ、祈るような気持ちで見守った。

 ついにヴィオは隣室へ逃げ込み、鍵をかける。


「近付くなぁ!!」


 ばぅん、とおかしな音が隣室から響き、爆発でもしたかのような振動が、ウィリアムたちのもとへと伝わった。


「あ、逃げた」


 アシュリはつぶやいて、ウィリアムの寝室に駆け寄ると、その扉を開け放った。中は爆発した痕跡もなく、ヴィオの姿もない。ウィリアムは思わずその場にへたり込んでしまった。


「た、助かった……」


 状況の飲み込めないブティック店員は、はて、と不思議そうに顎をさする。


「ええと、わたくしはどうしたら……」


 彼は命の恩人と言ってもいい。ウィリアムは感謝を込めた熱い瞳で、


「そうだな……とりあえず、今回は君のほしいものを買うといい。俺からプレゼントするから」


 と、言う。ブティック店員は、何故かさっと顔色を変えた。


「い、いえ、そんな、滅相もございません。では!」


 慌てて走り去る。

 ただれた愛人関係の一人に加えられると勘違いされたと、ウィリアムは気付きもしない。

 部屋がようやく静かになり、ウィリアムは大きく息をついた。


「びっくりした。いくら女の子でも、いきなりあれはないよな……」


 そんな独り言を、アシュリは耳ざとく拾う。そして、ポポ太を抱き締めながら、ぽつりとつぶやいた。


「ヴィオ、女の子じゃないよ?」

「え゛」

「男の子でもないけど。両性具有だから。人間には珍しくても、悪魔には多いよ。あ、わたしとフォルカロル様は違うけど」


 両性具有。半分男。

 ウィリアムは、もう砂になってサラサラと崩れ落ちてしまいそうな心境だった。

 どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだ、と半ばパニックに陥り、自分の袖口で唇をごしごしとこすり続けた。半泣きである。


「ウィリー、大丈夫?」


 アシュリはウィリアムに駆け寄ると、その場にひざを付いてウィリアムを覗き込んだ。


「大丈夫じゃないっ」


 正直にウィリアムは叫んだ。すると、アシュリはウィリアムの力任せの腕をそっと止めた。


「擦りすぎだよ」


 そう、優しくささやくと、にっこりと微笑んだ。


「じゃあ、ちょっと目を閉じて」

「え」

「早く」


 ウィリアムはアシュリの艶やかな唇をぼうっと眺めた。まさかとは思うけれど。

 そこで目を閉じた。まさかと思うのに、妙にどきどきしている。


 そんなウィリアムの唇に、ふさ、とした感触が押し当てられる。

 想像とはまるで違う毛深さに、ウィリアムは思わず目を開けた。近すぎてぼやける視界には、クリーム色の毛。毛玉。ぬいぐるみ。


「…………」


 アシュリはウィリアムからポポ太を放すと、かわいく微笑んだ。


「元気出た?」


 二十一歳の男が、ぬいぐるみとキスして元気になるわけがない。


「出るかぁ!!」


 思わずウィリアムは爆発した。アシュリは、なんでだかわからない。


「明日はおやつ抜きだ! 俺はもう寝る!!」

「ええっ」


 アシュリはショックを受けたようで、涙を浮かべている。おやつ抜きはこたえたようだ。

 けれど、寝室にこもってシーツを頭から被り、不貞寝を始めたウィリアムは、正直、恥ずかしくて仕方がない。

 外れに外れた期待が。


 悪魔なんて異性として意識してないと思っていたのに、自分はアシュリにキスしてほしかったのかと思うだけで、死ぬほど恥ずかしかった。

 

 化学なんて、今はどうでもいい。


 ウィリアムはボンボンなので打たれ弱いです。

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