09.
密かに感傷に浸った僕は、風呂から出てきた隼人を何食わぬ顔で迎える。
そして隼人の次に風呂に入った僕は、湯船で再び感傷に浸っていたのだが――
「ぎゃああぁあぁぁぁ、隼人ぉぉおぉぉ!」
隼人のいる居間まで猛ダッシュ。そして襖をスパンと開ける。
「何だよ雪、騒がしいな……」
「出たっ! 出た出た!」
「何が」
「おばけ! おばけだよ! あのね、突然天井からぬる~いお湯が、ピチャピチャピチャ~って落ちてきた!」
「そうかよ」
「だって僕の肩を叩くみたいだったんだよ! 実は昨日の夜もね、床がキシッて! すぐ後ろで!」
僕の大振りなジェスチャーも交えた必死の訴えも、隼人は何のその。穏やかにクスッと笑う。
「木造の家なら軋みの一つくらいある。風呂は俺が先に入ったから、天井に湯気が溜まって水滴が落ちてきたんだろう」
「そっ……そう……か……な?」
「雪は本当に怖がりだよな」
フッと隼人は笑ってるけど、怖いものは怖いんだ。仕方がないじゃないか。
「悪かったな。どうせビビリだよ。……っていうか、それ何?」
食卓には、ひょうたん型の白い徳利がもう一つ増えていた。
「さっき山根さんが来て、これを置いていった。甘酒。雪はこれを御神酒代わりに飲めってさ」
どうしても何かしらは飲まなければいけないらしい。
「えー、甘酒も僕、そんなに得意では――」
「雪」
ふわりと香る石けんの香り。
体表から放たれる熱。
隼人が僕のすぐそばに立っていた。
僕は石みたいに固まって隼人を見つめる。
「お前な、ちゃんと着てこいよ。この家結構涼しいからな、湯冷めして風邪引くぞ」
「だっ、だって……慌てて……着方もわかんないし……」
袴タイプの白装束。おばけにビビって紐や帯などを結ばないまま急いで出てきた。
上は開け、下はズルズルと引きずっている状態だ。
すると僕の腰に腕を回した隼人が、紐や帯を結んでくれる。
「腕上げて、そのまま立ってろよ」
「う、うん……」
僕の2倍くらいの太さの腕と、節々がゴツゴツした大きな手が、僕の腰回りを行き来する。
隼人の体温が僕にまで移りそうな距離。
目がチカチカする。
逞しくて眩しい隼人をまともに見られなくて、僕は横を向いた。
「隼人……どうして袴の着方を知ってるの?」
「成人式で着たから」
「ああ……。僕はスーツだったからな……」
「そうか。……これでよし、と。おお、なかなか似合ってるじゃないか。いつもの三割増しぐらいに男前だな」
「――ッ……そ、それはどうも」
「さすが俺。我ながら上手く着せられた」
「自画自賛かよ!」
「さ、飲むか」
僕の肩をバシバシと叩いてから、隼人はウキウキと食卓の御神酒に手を伸ばす。
僕はクルリと背を向けた。
ようやく深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出し、乱れた呼吸を整える。
息が上手くできていなかったらしい。
「雪、何やってんだ。早くこっち来いよ」
「う、うん……」
ああほんと、隼人って心臓に悪い。
間近で浴びた隼人の笑顔は、僕を焦がさんばかりだ。
僕にとっては眩しすぎるくらいの人だから。
「よーし、乾杯」
「……乾杯」
ローテンションの僕に対して、隼人は機嫌良くクイッとお猪口を呷る。
「かぁぁぁっ! さすがビールよりキツいな」
「大丈夫?」
「おお。そういえばな、全部飲めとのお達しだ」
「えっ!?」
「祭りの一環で体を清めるためだってよ。滞りなく祭りを進めるために、頼むからちゃんとやってくれ、だとさ」
祭りのためとは言っても、御神酒って『徳利丸ごと残さず飲む』みたいな決まり事なんてあったっけ?
首を傾げながらも、僕もお猪口に入った甘酒をチビッと呷る。
「ぐわぁぁ、甘ぁぁい! えっ、これを徳利に入ってる分全部飲むの? 苦行……」
すると隼人がフッと笑う。
「そんなに苦手なら俺が飲んでやるよ」
「えー、隼人は甘酒平気なの?」
「酒と付くものは大概平気だ」
「呑兵衛だね」
酔っ払いはするけど、隼人って酒に強いんだよな。
ちょっと飲むだけですぐ赤くなる僕としては、少しはその体質を分けてほしい。
「そういえば隼人、活動実績記録のことだけど、蔵泉の話を矢野商店のお婆さんから聞いたんだよね? もう蔵泉がないって本当なの?」
甘酒をチビチビ口に含みながら聞くと、隼人は特に躊躇うこともなく告げる。
「ああ。婆さん曰く、喰われて人が居なくなったことがきっかけらしいぜ」
ククッと隼人は笑っているけれど……何それ怖っ!
「くっ、喰われて!? 何それどういう意味!?」
寒気がして腕をさすりながら問うと、隼人がニヤリと笑う。
「化け物だってよ。そりゃあ、『頭のイッちまった気味悪い婆さん』って言われるよな」
ばっ、化け物って……。
「ちょっと待って……僕、その手の話は苦手!」
「知ってる。だからもう話すのは止めるか?」
止めてほしい気持ちは山々だけれど……。
「ここで止められると、それはそれで情報量が微量すぎて逆に妄想が膨らんで怖いって言うかなんて言うか……」
「何だそれ」
中途半端が一番怖いのだ。
だから結局続きを聞くことにした。
『ストップ』と言ったら話すのを止めるという条件付きで。




