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一等星が消える夜~北海道上山村美蔵井地区・留守番バイトの末路~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)


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8/11

08.


昼食をとりながら、僕の鼻息は密かに荒くなっていた。


『雪一人を置いては行けませんよ。下りるなら雪も一緒に』

『余計に雪を一人にはできないよな』

『一緒にいるから心配すんな』


あーもう、さすが隼人。ヒーローのようなセリフがよく似合う。

モブキャラの僕の口には一生縁のなさそうなセリフだ。

かっこいい。

頭の中でリピートするだけで、一生生きていけそう。

眩しい思い出をありがとう、隼人……。


「――、――。おい、雪」

「へっ!?」

「どうした? 顔、ニヤけてるぞ」


ひぃッ、見られた!


「べっ、別に……」

「やらしいことでも考えてたんじゃねぇの?」


クスッと笑う隼人は、昼間からビールをウキウキと飲み進めている。


「考えてないし! だいたい僕、そういうことは……」


と否定しつつ、考えていたのは隼人のことで、やらしくはないけど、少し後ろめたいことではある。


「ぼ、僕のことより――」


と話しかけたところで、隼人のスマホがメッセージの受信を知らせる。

隼人はスマホを手に取り、何か操作している模様だ。

終わった頃、僕はまた隼人に話しかけた。


「彼女?」

「いいや、高校の時の友達」

「ふぅん。……で、隼人はどうなの? 彼女と仲良くしてる?」

「ああ……振られた」

「えっ、どうして?」

「『隼人は誰にでも優しすぎる』って怒られてそのまま」

「何だよそれ! それが隼人の良さじゃないか!」

「雪がそんなに怒るなよ」

「だって……」


怒りたくもなる。「振られた」と言った時の隼人が、一瞬傷ついた顔をしたのがわかったから。

それに隼人の素晴らしいところを否定されて、何も思わないわけがない。

そんな女、別れて正解だ。

それにしても……そっか隼人って今、彼女いないんだ。

隼人と過ごす輝くような時間が積み重なるうちに、僕の考え方はずいぶん変わったみたいだ。

隼人に出会った大学1年の頃は、見ているだけでよかった。

でも今は……。


(僕、だんだん我が儘になってるのかな。彼女と別れたことを喜んでる……)


隼人と一緒に過ごせる時間が増えるかも、と。

我ながら酷いヤツだと思う。

隼人と違って、僕の本性は醜い。


「そういえば、雪は一度も彼女を作らなかったよな」

「……僕みたいな冴えない男に彼女なんてできるわけがないでしょ」


冴えない上に、女子と話すことすらないからできるわけがない、というのが正しい。


「そうか? 雪って痒いところに手が届くというか……人の見ていないところで密かに助けてくれてる感じが、俺はすげぇなって思うけどな」


何の話? と首を傾げる僕に、隼人は話を続けた。


「ほら、大学1年の学祭前日。大雨が降って、ほかの科の模擬店はボロボロで……でも俺らの科の模擬店だけ綺麗だったんだよな。おかげですぐ開店できて、売り上げも上がってさ、『通りすがりの天使さん、ありがとう』なんてみんな感謝してたけど……あれ、雪だろう?」

「どっ……どうして……?」

「あの日、実は俺も早く大学に行ってたんだ。それで、一人で片付けをする雪の姿を見た」

「あ……」

「雪はちゃんと冴えた、いい男だぜ」

「――ッ……」


うわ……僕今、どんな顔をしているんだろう。

嬉しくて、泣きたくて、寂しい。

初めて、この想いを隼人に伝えられないことが苦しいと思った。


「ぼ、僕のこと、学祭の前から知ってたんだね」

「おお」


同じ学科に200人以上いるのに……そっか、知っててくれたんだ。


「……っていうか隼人さ」

「ん?」


でも僕は見逃さない。

隼人の、一挙手一投足も見逃さないくらい見てきた。

だからわかる。

隼人は――


「ちょっと……酔ってるだろう」

「え? あー、ちょっとそうかも?」


あっはっはっはー、と豪快に笑う隼人は、気がつけば中瓶のビールを一人で二本空けていた。


「まったくもう。ずいぶんいいことを言ってくれると思ったら、これだよ」


すると立ち上がった隼人が僕の頭をガシガシと撫でる。


「別に酔ってるから言ったわけじゃない。本当にそう思ってるよ。じゃあ俺、風呂入ってくるわ」


そう言って背中を向ける隼人に、僕は「酔い醒ましに水でも浴びてこい!」とかわいげのないことを投げつけた。


「あの酔っ払い、とんでもないな……」


隼人が触れた僕の頭に、自分の手を重ねる。

まるで僕まで酔ったみたいに、顔に熱が集まっていくのを感じた。


僕は食卓上に裏返しで置かれている隼人のスマホに目を向ける。

シリコンカバーにはロボットアニメのキャラが描かれている。

そして僕のスマホをポケットから取り出す。

同じキャラが描かれたレザーのスマホカバー。

大学1年の学祭のすぐ後、このキャラがきっかけで隼人と仲良くなった。


『あーーっ! お前、それ好きなのか?』


星屑の中で埋もれる六等星だった僕を、一等星の隼人が見つけ出してくれた。

その瞬間、ただ過ぎていくだけだった僕の世界は輝き始めた。


『えっ……』

『ほら! 光速機動ヴェルテクスGゲインの3号機! 同じ!』

『あっ……君も好きなの?』

『おお、すっげぇ好き! 黒のボディが最高にかっこいい』


まさかの同担との出会いにテンションが爆上がりした僕は――


『わかるよ! 僕は黒は黒でも漆黒っていうくらい艶めいた黒でそれなのにコックピットは鮮やかなロイヤルブルーなのが3号機の魅力を最高に引き出していると思うんだよそれにロケットスラスターを背部肘部両脚部に追加設置したことで重量増加を感じさせない機動性が確保されていて1号機より操縦の難易度が格段にアップしているのにそれをカバーできるマクシミリアンの操縦技術の高さが垣間見える初回搭乗時が最高にかっこいいと思うんだ!』


気がつけば息継ぎを忘れ、ゼェハァと息を切らして熱弁。

我に返った僕は、ハッとして隼人を見た。


『あっ……キモすぎだよね』

『そうじゃなくて、熱量すっげぇなって思っただけ』

『ごめん。引いた……よね』

『いいや。俺の好きなものをそんなに好きなやつに会ったのが初めてだから、滅茶苦茶嬉しいぜ』


そう言って、隼人は白い歯を覗かせながら弾けるような笑みを浮かべた。

太陽と同じくらい眩しい、あの時の輝くような隼人の笑顔を、僕は未だに忘れられない。

そしてその話で大いに盛り上がり、原作を貸すだ何だと話すうちに、二人で民研3を作ることにしたのだった。


あれからもうすぐ3年。

隼人といると、毎日が楽しくて、眩しくて……。

でもあと少しでそういう日々は終わる。

隼人は都内に、僕は地元の長野に帰るから。

僕はじわりと目元に滲んだ涙を拭う。

隼人が風呂に入っている間くらい、素直な自分でいようと思う。


「あーあ、離れるの寂しい……。やっぱり隼人、好きだな……」


ハハッと無理矢理笑うと、堪えきれずに涙がポロッと零れ落ちた。


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