06.
その店・矢野商店は、田んぼだらけの通り沿いにひっそりと佇んでいた。
変色していて古めかしい『たばこ』や『酒』の看板が出ていて、壁には伸びた植物の蔓がはびこる。
こぢんまりとした古い建物だ。
「ちわっす」
相変わらず軽いノリで迷いなく店に入る隼人。『頭のイッちまった気味悪い婆さん』ということも、隼人には関係ない様子だ。
薄暗い店内は、商品が棚に所狭しと並べられていて、乱雑という言葉がぴったり。
そして猫を膝に乗せる80歳くらいのお婆さんが一人、古めかしい揺り椅子に座って僕たちを見ていた。
「何の用だい?」
店を開いておいて、そのセリフはいかがなものかと思うよ。
僕のそんな戸惑いは、根明な隼人には皆無らしい。
「なあ、ビール売ってる?」
「いつ仕入れたかわからないものなら売ってるよ」
だからね、店を開いておいて、そのセリフはいかがなものかと思うよ。
でも隼人は「ラッキー」とビールを物色し始める。
すごいよ隼人、君の明るさと素直さには脱帽だ。
「おっ、全然期限内じゃん。しかも北海道限定のやつ! 買ってこう。ばあちゃん、この瓶のやつ1本いくら?」
「5万円」
「マジか! 俺、学生でそんな金持ってないからさ、500円くらいにまけてくれない?」
「しょうがないね。420円にまけてやるよ」
「ばあちゃん優しい。ありがとうな」
違うよ隼人。たぶんそれ、最初から420円なんだって。
でも隼人という人は、それをわかっていても同じ応対をするのだろう。
お人好しな隼人もかっこいい。
「あんたら、内地の人かい?」
探るような目で見るお婆さんが怖くて、僕は隼人の影に隠れる。
お婆さんと話すのは、隼人の方が相性が良さそうだ。
「内地って何?」
「めんどくさいねぇ。北海道の外から来たのかいって聞いてんだよ」
「そう、東京から来た」
「内地の人が、こんなところに何の用があってきたんだい?」
「うーん……安住の地を維持するため?」
「安住の地だって? そんなものはありゃしないよ。いつかは壊れるもんさ」
ヒッヒッヒッヒ、と悪そうな魔女みたいに笑うお婆さんが怖くて、僕はブルッと背筋を震わせる。
顔を見ているだけで怖い。
相手をするのは隼人に任せて、僕は店内を見回ってみることにした。
見知った男児向けキャラのウエハースチョコや女児向けキャラの棒付きチョコに混じって、見たことのないものも売っていた。カステラとかきびだんごとかグルグル渦巻いたかりんとうとか、レトロなパッケージのお菓子がある。
(何これ、買ってみようかな。賞味期限は……ああ、大丈――)
「ちょっとアンタ、盗んだら承知しないからね!」
僕はビクッと肩を跳ね上げる。
「ち、違っ……」
見ていただけなのに怒られるって、何なのこの店。
「あんたは一癖ありそうだからね。悪巧みするタイプだろうよ」
「そ、そんなことは……」
「欲張って後悔したって知らないよ」
見透かすような目で僕を見て、ヒヒッと笑うお婆さんにドキッと心臓が跳ねる。
隼人に嘘をついて連れてきたこの旅。全くもって否定できない。
「隼人、僕ちょっと外に出てる」
「おお、わかった」
居心地の悪さから店内を飛び出し、ほっと胸を撫で下ろす。
何だか息の詰まるような店内だった。
気を取り直して、僕は店の前を走る道路沿いまで足を進める。
見渡すと、道路の向こうに小さな古い道案内板が出ていた。
左矢印の上には『美蔵井』と書かれていて、そして、右矢印の上には――
「『蔵泉』……?」
右へ向かうとその蔵泉地区という場所に着くらしい。
そこで僕は考える。
美蔵井の神社は住民以外は立ち入り禁止だと言われたから、恐らく祭りのことも詳しく調査をさせてもらえないだろう。
それならば隣の蔵泉を調査対象にすればいいのかも。
そして隼人と思い出作りだ。
我ながらいい考えじゃないか。
「雪、終わったぞ」
しばらくすると、隼人が店から出てきた。
手に持つビニール袋には、大きめのビール瓶二本と――
「これ、気にしてたみたいだから」
さっき僕が見ていて怒られた、カステラときびだんごとグルグル渦のかりんとうだ。ついでに男児向けキャラのウエハースや女児向けキャラの棒付きチョコも入っている。
「隼人、僕のために買ってくれたの?」
「ああ」
優しい笑みを浮かべる隼人。
あぁぁぁ、隼人のこういうところが――
「好きぃぃぃ……」
ハッと我に返る。
今、もしかしなくとも声に出して……。
ヤバイ、ヤバい、ヤバーーい!
「いっ、いいい今のは……」
「そうか、雪はそんなにそれが好きなのか」
そう言って隼人がまじまじと見つめるのは、僕が手にする女児向けキャラの棒付きチョコだ。
「あ……えーっと……」
「漫画やアニメが好きなのは知ってたけど、そういうのも守備範囲なんだな。覚えておくよ」
「あ……うん」
僕の複雑な気持ちが安易にバレなくてよかったけど、女児向けキャラが好きだと誤解された僕は、はたして痛手を負っていないのだろうか……。
「よし、戻るか」
自分の分のつまみもいくつか購入したらしい隼人は満足げだ。
「ねえ隼人、この先に蔵泉っていう地区があるらしいよ。美蔵井の神社はダメって言われたし、バイト終わったらそっちで調査しようか?」
「ああ……それ、もう無いらしいぞ」
「えっ、無いって何!?」
「廃村……いや、廃地区って言うのか? そうらしい」
「えっ、どこからそんな話を聞いたの?」
「さっきの婆さん。民俗学の研究に来たって言ったら、話し始めた」
出た、コミュ力おばけ。あの怖いお婆さんから話まで聞き出してきたんだ。
「でも信憑性に欠けるんじゃない? 頭イッてるお婆さんなんでしょ?」
「まあ確かにおかしな話はしてたけど、頭はしっかりしてると思うぜ」
「どうして?」
「ほら、見てみろ。1万円を出して、電卓も使わずに釣りをくれたからな」
そう言って、隼人はポケットを探ってお札と小銭を見せる。
8,525円。購入点数を考えても、確かに電卓なしで計算したならキレッキレの頭だ。
でも適当かもしれないし……なんて、心の綺麗な隼人は思わないのだろう。
「そっか……。それで、おかしな話ってどんな――」
すると僕のポケットの中でスマホが震動する。
「あっ、ヤバッ……山根さんだ」
「早く戻ろうぜ」




