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一等星が消える夜~北海道上山村美蔵井地区・留守番バイトの末路~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)


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5/8

05.


滞在する家に戻って朝食を済ませると、僕たちはすぐに調査へ出掛けた。

バイトの説明は昼前からと山根さんが言っていたので、それまでにある程度の調査を済ませておきたい。

田舎道なのに相変わらず子どもが多くて、少し歩く間にも子どもとすれ違う。


「あ、ねえ、さっきの君」


さっき隼人とぶつかった小学校低学年くらいの女の子に、僕は屈んで話しかけた。


「あたしの名前ね、『君』じゃなくて、さくらって言うの。雨宮さくら」

「さくらちゃん。いい名前だね」

「ありがとう」


へへっ、と照れて笑うさくらちゃんは、あどけない表情と幼い話し方がとてもかわいい。


「じゃあ、さくらちゃん。神社ってどこにあるの?」

「この道を向こうに行ったところだよ」

「そっか。教えてくれてありがとう」

「でもまだアメノミ様いないよ?」

「アメノミ様?」

「うん、神様。夕方になったら、私たちが一緒に遊んであげるの。お兄ちゃんたち、すごくいい人ってアメノミ様に伝えてあげるね」


えへへ、と頬をピンクにして笑うさくらちゃん。

小さな子どもというのは、時々何の話をしているのかわからないものだ。

こういうのは突っ込み始めたら止まらなくなるから、流すに限る。


「そっか。よろしくね」

「うん!」



「神社ってここか……」


道の先に大鳥居が立ち、その奥ではトントンカンカンと何かを建てるような甲高い音が響いてくる。祭りの準備をしているのだろう。

僕はすぐそばに設置されている神社の案内板に目を向けた。


「主祭神は……雨之御中主神(アメノミナカヌシ)?」


漢字の違いに、僕は首を傾げる。

漫画に出てきて調べたことがあるから覚えているけれど、一般的に祀られている神様は、『雨』ではなく『天』だ。

この土地独自の信仰だろうか。

初めて見るその表記がどこか不可思議だ。


「雪、どうかしたのか?」

「えっ? ああ……ここの主祭神、日本神話に出てくる創造神と、漢字が1文字違いだなって思って」

「へー。お前そんなことよくわかるな。ああ、漫画か!」


僕の知識の9割が漫画でできていることを隼人は知っている。


「どうせオタクだからね」

「おい、どうせって何だよ。物知りですげぇじゃん」


隼人は白い歯を覗かせ、眩しい笑顔で僕の肩をバシバシ叩く。

隼人ってすごいな。偏見とか侮蔑とかと真逆の世界にいるみたいな人だ。

気を抜けばユルユルに緩みそうな頬にキュッと気合いを入れ、僕は咳払いをして案内板に目を向ける。


雨之御中主神(アメノミナカヌシ)』だから、さくらちゃんがアメノミ様って呼んでたんだ」

「そうだろうな」


すると――


「ちょっと君たち、ここで何してるの!」


村役場の山根さんが駆け寄ってくる。


「神社に参拝に」

「ダメダメ! 君たちは入れないよ」

「えっ? でも、ちょっと調査したいことがあって――」

「調査!? そんなのダメだよ! ここは住民以外は立ち入り禁止。あとでバイトの説明に行くから、ちゃんと家で大人しく待ってて。いいね?」

「は、はい……」


グイグイと山根さんに神社から追い出されて、僕と隼人は来た道を戻る。

えーっ、何もできずにあの家にいるだけなんて……。




「はーあ……」


トボトボと帰る道すがら、溜息が零れ出る。

僕の予定では、この辺りを巡って活動実績記録用の調査をしながら、隼人と楽しい旅の思い出を作るはずだったのに……。


「ダメなら仕方がない。ほかの場所を探そうぜ。雪……俺、下の売店行ってくるわ。酒買ってくる」

「えっ、でも、山根さんに家で大人しく待っててって言われたし……」

「そもそも俺、バイトのカウントに入ってなかったみたいだからいいだろう」


それは確かにそうだけど……。

でも、どうせなら隼人と一緒にいたい。


「僕も一緒に行く!」

「……いいのか?」

「すぐ戻ればいいでしょ」




「ちわっす」


隼人が軽いノリで店に入ると、60歳くらいの店主のおじさんが目を丸くして、隼人を、そして次に僕を見る。


「……いらっしゃい」

「なあ、酒って置いてる?」

「あ、ああ。あるのはそのくらいだよ」


目で示された売り場を見ると、棚も冷蔵ケースもガラーンとしていて、芋焼酎と黒糖焼酎が1本ずつあるだけだった。


「えーっ、ビールないの?」

「祭りの日は誰も買いに来ないからな。仕入れても無駄なんだよ。もう店仕舞いしようとしていたところだ」

「ふぅん」


隼人は「どうすっかな……」と迷っている様子だが、僕はおじさんの言葉が引っかかっていた。


(誰も買いに来ない? お祭りの日こそ、ビールって売れるイメージなんだけど……)


この界隈では違うのだろうか。それとも前もって買ってあるということなのだろうか。

するとおじさんがじっと僕たちを見つめる。


「お前さんたち、見ない顔だが……上から来たのか?」


上とは、美蔵井のことだろう。


「ああ。ちょっと、バイトしに来てる」

「バイトって、今日か?」

「そう。今日これから」


隼人がそう答えると、おじさんは不思議そうに首を傾げる。


「よくわかんねぇが……用心しろよ?」

「用心って何に?」

「いやぁ、祭りの日は余所者は入れないと聞いているし……この店を親父から継いだ時、『祭りの日は美蔵井には絶対に入るな』と口が酸っぱくなるくらい言われているからな」


そんなおじさんの話に、僕は小さく身震いをする。

何かちょっと不気味な話だ。

でも隼人はというと――


「へーえ。それなら俺たちは特別に入れるってことだ。貴重だな」


そう言って、僕に朗らかな笑みを向ける。

なるほど、そう捉えるか。

さすが隼人。前向きまっしぐらだ。


「まあとにかく、用が済んだらさっさと帰ることだ」

「わかった。なあ、ほかにビール売ってそうな店ってないの?」

「それなら、この道をまっすぐ1キロくらい進むとあるよ。頭のイッちまった気味悪い婆さんがやってる店だけどな」

「そっか、わかった。ありがとうな」


隼人が踵を返すと、僕はおじさんにペコリと頭を下げ、隼人に付いて店を後にした。


「隼人、どうする? ちょっと遠いし、それに――……」


頭のイッちまった気味悪い婆さんの店だし。

ちょっと及び腰の僕に対して、隼人の答えは実に明快だ。


「もちろん行く。北海道限定のやつあるかな」

「そんなにビール飲みたいんだ?」

「おお。夏だし、昨日飲んでないからな」


下戸の僕にはわからない心理だ。

それにしても――


『祭りの日は余所者は入れないと聞いている』

『祭りの日は美蔵井には絶対に入るな』


確かに貴重な体験ができそうだけど、やっぱりゾワッと背筋に寒気が走る。

一人で美蔵井に戻るのは怖くて、結局僕も隼人に付いて1キロ先の店まで行くことにした。


隼人のおかげで平和だな……笑

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