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一等星が消える夜~北海道上山村美蔵井地区・留守番バイトの末路~  作者: 暁 美雲(あかつき・みくも)


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03.


その後、山根さんが奥さん手作りの肉じゃがやおにぎりなどの夕飯を届けてくれて、僕たちは空腹を満たす。

そしてそれぞれ風呂に入った後は、のんびりくつろぎタイムだ。


「静かだね」

「そうだな」


静かすぎて怖いくらいだ。

山根さんの家は隣とはいっても50mくらい離れているらしく、家の喧噪なんてちっとも聞こえてこない。

聞こえるのはサワサワと草木を揺らす風の音、そしてコオロギや鈴虫などの虫の鳴き声くらいのものだ。


僕は、食卓を挟んで向かい側に座る隼人をこっそりと見る。

隼人の日に焼けた肌は風呂上がりでほんのりと汗が滲み、陽炎のように熱を放つ。

頬杖を突く手は大きくて、浮き出た筋が時折ピクリと躍動する。

低体温で色白で、萎びたもやしみたいな体型の僕とは正反対だ。


老若男女にモテる陽キャの隼人。

オタクで陰キャな僕。


そんな対極にいる僕たちの大学生活が混じり合うことは、決してないはずだったのに……。

隼人が僕の目の前にいるという奇跡。

このチャンスを逃すまいと、僕の目はしきりに隼人へと向く。

大学では前髪を上げてきっちりセットされている隼人の髪が、風呂上がりでサラサラヘアー。

見慣れない隼人の姿に、僕の視線はキョロキョロと泳ぐ。

「思い出に、君の写真を撮っていい?」と言ってしまいそうな自分をひた隠し、目に焼き付けるだけに。

でもまともに見られないから焼き付けられないじゃないか。

やっぱり写真を撮らせてもらおうか。

でもそんなことを言ってキモいとか思われたら、僕の人生の幕が――


「なあ雪」

「はいっ、撮りません!」

「……何の話だ?」

「なっ、何でもない」


焦った……。

僕の密かな想いは、隼人に伝えるつもりはない。

歪んで伝わってしまうことが怖いから。

卒業まで……最後まで一緒にいたいから。

僕は咳払いをすると、いまにも泳ぎ出しそうな目を隼人に据えた。


「で、隼人……何?」

「ああ……実績記録のために調べる祭りってどんなやつなんだ?」

「そっか、話してなかったね。隼人はこの歌を知ってる? ローソク出ーせー、出ーせーよ。出ーさーないと、かっちゃくぞ」

「は? 何だそれ。かっちゃく?」

「引っ掻く、のことらしいよ。北海道の伝統行事でね、『ローソクもらい』っていう風習があるんだって。それを調べに来たんだ」

「ローソクもらい?」

「うん。子どもたちが『ローソク出ーせー、出ーせーよ』って歌って家々を回るんだ」

「子どもがローソクを欲しがるのか?」

「違うよ。お菓子をあげるんだ」


僕がふふんと得意げに答えると、隼人は片眉を上げて訝しげな顔をする。


「はあ? 歌おかしいだろ……。トリック・オア・トリートでいいじゃねぇか」

「そうそう、ハロウィンみたいだよね。最近は防犯面とかで『ローソクもらい』をやる地域が減ってきてるみたいなんだけど、ここはその風習が残ってるんだって」

「へーえー」

「だからさ、僕、たっくさんお菓子持ってきたんだ。結構奮発したんだよ。東京限定のお菓子、子どもたち喜ぶかな」

「それでそんなに荷物が多かったのか……」


軽いけど、かさばって大荷物の往路だった。


「うん。でね、この辺りは『ローソクもらい』に合わせて、万灯御霊供養祭っていうのが行われるんだって」

「まん……とう……みたま? 何だそれ?」

「仏神を供養するお祭りのことだよ。それの詳細は調べてもわからなかったから、活動実績記録に残すのにちょうどいいかもしれない。僕、どんなものか見るのを楽しみにしているんだ」


そしてそのためだけではない。

僕にはもう一つ、ここに来たい理由があった。

僕の愛読書の中で『空気の澄んでいる北海道の天の川は格別だ』と書かれていた。

晴れていれば、きっと美しい天の川も見えるはず。

そんな満天の星空を、隼人と二人で眺めたい。

その時に僕の気持ちの一部を伝えたい。

「ありがとう」と。

「君のおかげで色鮮やかな大学生活が送れた」と。

折りしも明日8月7日が七夕だという北海道。

その時ばかりは子どもの頃に戻ったみたいに願い事をしてもいいだろう。

叶うことなら、卒業して離れていても、隼人が僕のことを忘れずにいてくれたなら、と。


「じゃあ明日は調査だな。……はーあ、眠くなってきた。俺寝るわ」


隼人が豪快な欠伸をする。


「えっ、もう?」


今夜は曇っているから星を見に行くつもりはなかったけど、まだ隼人との今夜の思い出を作っていないのに。


「何か予定があるのか?」

「う、ううん、特には……ないけど……」


それに、慣れない場所・慣れない家で、一人で寝るのはちょっと怖い。

そう思っていると、隼人がニヤリと笑う。


「怖かったら一緒に寝るか? 雪は怖がりだもんな」

「こっ、怖くないし!」

「そうか? 夜中のトイレ、怖かったら付いて行ってやるから起こせよな。じゃあおやすみ」

「だから怖くないって!」


背中を向けたまま手を振る隼人が居間を出て行くと、余計にシーンと静かだ。


「べっ、別に怖くない……し……」


すると――


――キシッ。


後ろの床が突然音を立て、僕は「ヒッ」と情けない悲鳴を上げて肩を跳ね上げる。


「だだだ誰!?」


仰け反りながら振り返っても、誰もいない。

ドッドッドッ、と僕の心臓が激しい鼓動を鳴らす。


(隼人に一緒に寝ようって言えばよかったかな……。いや、それはそれで僕の心臓がもたない……)


ドッドッドッ。

恐怖か親愛か、どちらかわからない拍動が耳を突いて眠れないまま、夜が明ける。


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