02.
8月6日、羽田空港から新千歳空港へ。
そこから電車とバスを乗り継いで約3時間の場所にその目的地はあった。
田んぼに囲まれたのどかな山間にある、上山村・美蔵井地区。
すぐそばの田んぼの手前には、『子どもたちがスクスク育つ場所・美蔵井』と看板が出ているのが見える。
「えっと……土井雪遥君は……どっちかな?」
バス停そばで中肉中背の中年男性が待ち構えていて、目を瞬かせながら引きつった顔で僕たちを出迎えてくれる。
「あ、僕です。えっと……あなたは?」
「村役場に勤める山根だよ。よく来てくれたね」
そう言って、名刺を渡される。
住人ではなく、役場の人がわざわざ来てくれるとは、何とも不思議な待遇だ。
でも同時にほっとする。
役場の人が来てくれたなら、怪しいバイトではなさそうだ。
「どうも、お世話になります」
「ああ、よろしくね。……えっと、君は?」
山根さんは困惑した顔で隼人を見ている。
「俺は、こいつの友人の本上隼人です」
「ほん……じょう……君。そ、そう。えっと……君も一緒に?」
山根さんに問われて、隼人が僕を見る。
申し込んだのは僕だから、隼人は何も知らない。
「はい。備考欄にそう入れましたけど?」
「えっ!? そ、そうか、見逃していたな……」
「友人も一緒ではダメでしたか? ダメなら僕も――」
「いやいや、そんなことは! ……たぶん」
「たぶん?」
「い、いやいや、大丈夫、大丈夫」
アハハハ、と頭を掻く山根さんはやっぱり引きつった笑顔を浮かべている。
何だ?
「それじゃあ早速、バイト先の家まで案内するよ」
「はあ……」
何か疑問の残るやり取りながらも、僕たちは山根さんの車に乗り込んだ。
舗装されていない山道のおかげで、舌を噛みそうなほどガタガタと車は揺れる。
「ずいぶん、なんと言うか……古風な道ですね」
田舎道と言ってしまうのは躊躇いがあって、マイルドに言い換えた。
「そうなんだよ。美蔵井の居住地は山の上にあって、住民は少ないからね。なかなか整備とまでは行かないんだ」
木々の隙間を縫うように車が走ること10分。
「さあ、ここが留守番を頼みたい家だ」
「こっ、ここ……ですか?」
僕の声は裏返り、背筋を寒気が駆け上がる。
視界に映ったのは、腰丈よりも長いほどに伸びた庭の草、そして木が鬱蒼と生い茂る古民家だった。
すると気配を察知したカラスたちが、カーッと鳴いて僕のそばを飛び去る。
「ヒッ!」
僕の情けない声を、夏にしては冷たい風が悲しげな音と共に攫う。
うわっ、これは資産家というより――
「何か出そうな家だな」
僕が遠慮した言葉を、隼人がクスッと笑いながら無遠慮に言う。
確かに、資産家の家ならこうはならない気がする。
僕たちの反応に山根さんは苦笑いだ。
「ごめんね。空き家で手入れする人がいなくて、昨日私がちょっとやったんだけど……」
「えっ、空き家なんですか? 留守番なのに?」
てっきり『留守番』というくらいだから、住人がいるものだと思っていた。
すると山根さんは斜め上にキョロリと目を動かしてから、アッハッハ、と頭を掻く。
「住人が遠くへ旅に出たからね。ついついそう言ってしまったんだ。さあ、中へ入ろうか」
「は、はあ……」
遠くへ旅に出ても、持ち家は持ち家だと思うのだけど。
首を傾げつつ、僕はキョロキョロと辺りを見回しながら、恐る恐る門を越えた。
玄関手前の地面には、小さな箱形の灯籠が一つ置かれていた。
「これは、お祭りに使うんですか?」
「そうだよ。あとでもう一つ追加しなくちゃ……」
「えっ?」
「いやあ、何でもないよ。さあ入って」
年季の入った土壁に覆われた室内は少し埃っぽくて、日陰の土のようなにおいがする。
それでも最低限生活できる程度の質素な家具や調理器具、寝具などが揃っていて、短期滞在には充分だ。
そしてさすが一軒家。広くて、僕と隼人それぞれの部屋を割り当ててもまだ余りある。
「中にあるものは自由に使ってもらって構わないよ」
「わかりました」
すると窓から外を眺める隼人が口を開いた。
「山根さん、コンビニはどこっすか?」
「やだなぁ。そんなの、こんな辺鄙な場所にあると思う?」
「……あってほしいっす」
「残念ながら無いよ」
「一番近い店は?」
「今来た山道を下りたところに、商店が一軒あるよ。でも16時で閉まる」
16時というと、あと5分だ。
隼人と顔を見合わせる。
それは……困る!
「あ、あの、山根さん、それなら食べ物の調達はどうしたらいいんですか?」
「ああそれなら、明日の午前8時から、この先の広場に移動販売車が来る。そこでまとめて買って?」
「明日……ですか。僕たち、今夜食べる物を用意していないんですけど……」
「そうかなと思って、うちの妻に夕飯を多めに作らせておいた。後で運ぶね。うち、隣だから」
そう聞いてほっとする。
「ありがとうございます」
「さて、移動で疲れているだろう? 今夜はとりあえずここでゆっくりして。明日のバイトのことは、また明日の昼前に説明するね」




