8✤喧嘩ばかりのふたり
目の前で繰り広げられていることがとても現実とは思えない。
ここから見ている限りで、剣に串刺しにされた獣がそれ以上動くことはなかった。
ロドリックの広い背中は上下し、肩で息をしている。そうして振り向いた。額には汗が滴っている。
互いに無事でほっとしたのは私だけだったのか、ロドリックは険しい表情のまま睨んでくる。
「お前は何をやってるんだ! あれじゃあ自分を狙ってくれって言ってるようなものだろうが!」
私が獣の注意を引きつけたから隙を突けたのではないのか。何故こうも怒鳴られなくてはならないのだろう。
そう思ったら、怖さも薄れて腹が立ってきた。
「じゃあどうしたらよかったのっ? 私だってやりたくなかったけど、仕方ないじゃない!」
「上手く行ったからよかったようなものの、下手したらお前の方が先に噛み殺されてたぞ!」
「私が噛み殺されたらその隙に逃げればいいじゃない!」
売り言葉に買い言葉というのか、私がつい余計なことを言ったせいか、ロドリックは顔をさらにしかめて会話を切った。
こんな不毛な会話をして体力を消耗すべきではないのは事実だ。
ため息をつきつつ、今の私の言い方もよくなかったかもしれないとほんの少しだけ反省した。
立ち上がって、横を向いているロドリックを見た。
特に負傷はしていないようだが、どうだろう。
「……それで、怪我はしていない? 大丈夫なの?」
疲れのせいか彼は、ぼうっとした目を私に向けた。
「お前が俺を心配するのか?」
「あなた、私のことをなんだと思っているの?」
どこまでも性格の悪い女のくせに他人の心配をしているふりをするなとでも言うのか。
この時、ロドリックにはもう私と喧嘩をする気力はなかったようだ。目を逸らし、これ以上は噛みつかなかった。
「……それにしても、正装でこんな立ち回りをさせられるなんてな。動きにくいなんてもんじゃない」
「あなた、よくあんな獣と戦えたわね」
ロドリックの身体能力の高さには驚いた。剣なんて簡単に振り回せるものではないだろう。
ポツリと言ったら、ロドリックは首を小さく揺らした。
「剣術の多少の心得はある。といってもスポーツだ。こんな戦闘に慣れているわけじゃないが」
額の汗を手の甲で拭い、硬い声でつぶやいている。
「倒せなかったら、俺もお前もあの獣の腹の中だからな。死ぬ気でやるしかなかった」
「そうね。そんなところまで私と一緒なんてゾッとするわよね」
これを言ったら、ロドリックが顔をしかめた。多分私も。
「まあ、あんな化け物に石を投げつける令嬢なんてお前くらいだ。結果として助かったのは本当かもな」
吐き捨てられた。
どうせ淑やかには育っていない。そんなことは自分でわかっている。
大体、ロドリックを相手に取り繕っても無意味だ。
「お淑やかにしている場合じゃないもの。私じゃなくてあなた好みの、震えて泣いているようなお嬢さんと来たらよかったのに」
「俺が選んで来たわけじゃない」
こんな時でさえ、またすぐ言い合いになる。これはもうどうしようもない。
そんなやり取りをしていると、獣の体が動いたように見えてギクリとした。
けれどそれは生きているということではない。
最初から生きてなどいなかったのかもしれない。
獣の体が徐々に灰のように崩れて風に攫われていく。これが意味することはなんだろう。
私もロドリックも呆然とするばかりだった。
「何これ……」
つぶやいても答えがないことくらいわかっている。
それでも答えが欲しかった。
「少なくとも普通の生き物じゃないな」
ロドリックもそれくらいしか言えない。
そんな私たちを赤い月が見下ろしていた。
夕焼けのように赤い仄かな光がロドリックを照らしている。
「ここでこうしていても次にまた何か来るかもしれない。動くぞ」
「ええ……」
できることならもうあんな奇怪なものには遭遇したくないけれど。




