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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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27✤王の敵

 ここは人里だ。

 それとわかるのは、ざわざわとロドリックとサディアス以外の人の声がするから。

 私たちの近くを人が通り過ぎていく。


 ただし、私は顔をまっすぐに向けていられなかった。

 自分が揺れているのか、世界が揺れているのかどちらなのだろう。


「ミシェル!」


 ロドリックが倒れかかった私を抱き留めた。揺れていたのは私の方らしい。

 そんな私を見上げながらサディアスがぼやいている。


「立て続けに使うのはよくなかったかなぁ? 転移は結構大きい術だし」

「そういうことは先に言えっ」


 ロドリックが怒っている。それでも声を張り上げないのは、私の頭に響くと気づいたからだろうか。


「ギリギリ行けるかなって思ったんだけど、負担があったね。()()()()()がいたの忘れてたよ。ごめんね、ミシェル」


 しょぼんとしたサディアスの声に答えようとしたのだけれど、その後のことは覚えていない。


 ただ――生まれたての赤ちゃんにでも戻ったような、揺り籠に揺られている心地というのか、それくらいの安心感に包まれていた。


 ロドリックが壊れ物を扱うように大事に私を運んでくれているのだと思えた。

 今、彼は何を考えているのだろうか。



     ◇

 


 薄暗い。

 そう感じた時、隣には誰もいなかった。


 ロドリックもサディアスも、兄様も、誰も。

 暗くて何もないところに私だけがポツリと立っている。


 つるりとした質感の床はまるで水面のようだ。

 上を見上げても暗いばかりで何もない。それなのに、不思議と見えるのだ。


 私のいる少し先に誰かがいた。

 暗い、薄暗い、寂しいところに立つ誰かが見える。


 その人は微笑んでいた。

 私に向けてではなく、私を()()微笑んでいる。

 誰だろう。知らない。


 それとも、どこかで会っているのだろうか。

 黒い服でフードを目深に被っている。小柄だが男性だろう。

 表情は口元しか見えなかった。


『あなたは誰でしょうか?』


 向こうが何も言わないから、私が言った。

 すると、彼はうなずいた。


『僕が誰なのか、あなたに言ってもわからないだろうね』


 喉を潰したような、不気味にかすれた声だった。

 でも、と青年は言う。


『僕にとってあなたはとても重要な――――だ』

『えっ?』

『僕は、王の敵だから』


 ザアッと音を立てて青年の姿は掻き消えた。

 それはまるで風が落ち葉の山を吹き飛ばすようにして。



     ◇



 ――私が目を覚ましたのは、どこかのベッドの上だった。

 多分、宿だろう。知らない天井が見える。


 さっきの夢はなんだったのだろうか。

 夢なら意味を求めても仕方ないのかもしれないけれど。


 そう思うことにした。そうであってほしいだけとも言える。

 あの人はどこか怖い。


 私に被せられているシーツが突っ張っていて、何気なく横を向いた。

 すると、隣で――でかい荷物ことロドリックが寝ていた。


「……っ」


 声を上げそうになったけれど、どうにか耐えた。

 いろいろなことがあったから、ロドリックも疲れているのだろう。


 彼はスヤスヤと眠っている。こんなふうに二人で眠るのは、小さな頃に木陰で昼寝した時以来かもしれない。

 もちろん、あの頃とは違ってロドリックの体も大きく逞しくなったけれど、寝顔はどこかあどけない。


 眠っている彼を眺める分には、私も少しくらいは優しい気分になれた。

 あの、口以上に物を言うような目が私に向いていないからだろうか。


 部屋を見回すが、サディアスがいない。どこへ行ったのだろう。

 サディアスを探すために起きようとして、首を動かした途端に髪が引っ張られた。


「いっ」


 ロドリックが私の髪を手に絡めて寝ているせいだ。

 ハッとしてロドリックが目を覚ました。


「ミシェル、もう大丈夫か?」

「ええ。運ばせてごめんなさい」


 そこから、隣で寝ていたことに対するロドリックの言い訳が始まった。


「い、いや、えっと、ひと部屋でいいとは言ったけど、ベッドはふたつって頼んだはずなのにひとつしかなくて、その、寝るつもりはなかったのに、ミシェルの様子を窺っているうちに俺まで寝てしまって、その――」


 少し前まで冷淡に嫌味ばかり言ってきたはずが、とても同一人物とは思えないほどもじもじしている。

 本当は笑い出したいような気分だったけれど、あえて何も言わずにおいた私は意地悪かもしれない。


「そう。ところで、サディアスはどこ?」


 ロドリックは気まずそうに私の髪を手放した。


「人間だと子供でも宿代がかかるから、目立たないようにしろって言ったらネズミになってその辺にいたけど」


 今度はネズミか。

 そう思ったら、いつの間にか三歳児の姿で壁際の椅子に座っていた。


「おはよ! 慣れないうちはほどほどにしておいた方がよさそうだね」

「あなたと会う前にも無意識に転移したけれど、あの時はここまで疲れなかったわ」


 これを言ったら、サディアスは目を瞬かせた。あどけなくて可愛い。


「使い魔もアイテムもなしにそんなことできるって、かなり規格外なんだけど、さすがミシェルだね! でも今回立て続けだったから無理がかかったんだと思うよ」

「そうなの?」


 立て続けに行うのはよくないようだ。身に染みてわかった。

 あまり自分が魔法を使っているという感覚もないのだけれど、こう疲労感があるのならやはり私が行っているのだ。


「それで、ここはアップルヤードっていうところなのね?」

「うん。ここはね、山麓の町だよ。チーズとか、乳製品が美味しいんだ」


 私たちに必要なのはそういう情報ではないのだが。


「ちょっと頭を整理したいのだけど、王様がいるお城まではまだ遠いのね?」

「まあねー。ミシェルは王様に会いたいの?」

「私をこの国に呼んだのが王様みたいだから、一度会って話をしなくてはいけないの」


 これを言ったら、サディアスは『ほえー』とよくわからない声を発した。驚いているのかもしれない。


「ちなみにあなたは王様がどんな方だか知っている?」

「野良の僕に訊く?」

「そうね、ごめんなさい」


 王に会える月の精なんて、寵臣の使い魔くらいなのだろう。サディアスのやかましさで城にいたらつまみ出されそうだ。


 こんなやり取りをしている間にロドリックが地図で何か確認している。側頭部に寝癖がついていた。


「この王都パーセルってところに城があるのか。バルカム王国とこのスターレット王国の国土が同じ規模だとするなら、見たところ半月はかかる距離だろうな。途中、川とか挟まってるけど、橋とか架かってるよな?」

「橋はないよ。舟で行くの」


 サディアスがニカッと笑って答えた。私はあまり舟が得意ではないので不安だが、それを今から心配するのはよそう。まずはそこへ行きつくまでの心配をしなくては。

 そこでロドリックは地図から顔を上げると、私に目を向けた。


「あのベリスって領主、ミシェルがいなくなって探してるんだろうな。自分が王のところまで連れて行って手柄にしたかったんだろう。そうなると、この町の領主も似たようなものか」


 どんな人物が領主なのかは知らないけれど、味方かどうかもわからない以上、会わない方がいいだろう。


「領主に会いに行くのはやめましょう。……そもそも王様はどうして私を呼んだのかしら。魔法使いの素質があったからってことなんでしょうけど、詳しくはベリスも知らないみたいだったし」


 頭を整理しながら口に出すと、ロドリックが眉根を寄せつつ私との距離を僅かに詰めた。


「王妃にとか言わないよな?」

「はっ?」

「いや、ここの国王がミシェルのことをどこかで見初めて……」


 こんな別世界の王とどこに接点があるというのだ。王ならいくらでも美女を選べるだろう。


「そんなわけないでしょう?」


 何を馬鹿なことをと思ったけれど、ロドリックは真剣に言っているらしい。


「そんなわけない方がいいけど、もしそうだったら?」

「受けないわよ、そんなの。家に帰れないじゃない」


 投げやりに答えたら、ロドリックはそれでも安堵したようだった。それがわかりやすく顔に出ている。


「そうだよな。受けないよな。王様がどんな美形でも、金持ちでも」

「しつこいわね」


 少し怒って見せても、ロドリックはまだへらっと笑っていた。

 そういう締まりのない顔を社交場の令嬢が見たらどう思うだろうか。それを考えると可笑しいような気もする。


 そこでようやくロドリックは立ち上がり、大きく伸びをした。


「じゃあ、そろそろ行くか。……差し当ってひとつ問題があるんだが」

「え?」

「さすがに城まで行くには旅費が足りないと思う」

「っ!」


 ――本当だ。

 持ち物を売っただけで足りるわけがない。

 しかし、いくらロドリックと言えどこの国にまで送金してもらうのは無理だ。どうしたらいいのだろう。


「お前、資金繰りできるか?」


 ロドリックの無茶ぶりにサディアスは心底呆れたようだった。


「できるわけないじゃないかぁ。ぼくをなんだと思ってるの?」

「いや、宝石くらい作れないのか?」

「そういうの作って売ったらこの国では犯罪だよ」


 確かに魔法使いがいる国ならそういう取り決めをしておかないといけないのかもしれない。宝石は天然のものでなければ売買できないと。


「駄目か」


 チッと舌打ちしている。


「私、お金を稼いだことはないわ」

「俺もな」


 領地の実入りで生活している上流階級の人間は身ひとつになると役に立たない。少々ピアノが弾けたところでお金にはならないのだ。


「やっぱり髪の毛切ろうかしら」


 ポツリと零すと、ロドリックに睨まれた。


「絶対に駄目だ。俺がなんとかするから」


 なんとかと言うけれど、具体的にはどうするのだろう。

 私は何となく、ロドリックに握られていた辺りの髪に指で触れた。


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