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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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23✤おあずけ

 やっと木の下へ着く。その途端に雨脚は強まった。

 結局二人とも濡れてしまった。せめてハンカチでもあればよかったけれど、それすらない。


 ザーッという雨の音と、木の葉を風が揺らす音。

 聞こえる音のほとんどが不安をかき立てるものでしかない。


「濡れたな……」


 ロドリックがポツリと言った。


「そうね」


 短く返す。

 暗い中で私は恐る恐るロドリックの左の二の腕に触れた。確かこの辺りに木の枝がぶつかった。

 そうしたら、彼はビクリと過剰な反応を見せた。痛かったのだろう。


「ごめんなさい」


 私が手を引きながら言うと、ロドリックは苦笑した。


「いや……」

「あなた、私といるとズタズタになるわね」

「俺がそうしたいだけだから、気にしなくていい」


 それからは私を見ず、ただ横にいる。自分は風よけになればいいとでもいうように。

 そんなロドリックに何を言えばいいのだろう。


 素直にありがとうと言えばいいだけなのかもしれない。それすら躊躇う私は相当な意地っ張りだとわかっている。

 それでも、ロドリックはそんな私を責めない。


「……雨がやむのを待つしかないな。まあ、こう暗いとどうせ動けないけど」

「また現在地がわからなくなったわ。ここはどこなのかしらね」

「それほど標高の高いところではないと思う」


 ――私が言葉を返さないと、簡単に会話が切れてしまう。

 何か言おうとするけれど、寒かった。私は自分がカタカタと小刻みに震えているのを感じた。


 ネグリジェ一枚ではなんの防寒にもならないところ、さらに濡れてしまった。その上風に吹かれれば誰だって寒いだろう。


 暗くて私の顔色は見えなかったはずだけれど、気配で震えが伝わったのかもしれない。


「寒いのか?」


 問いかけられた。

 私はたったそれだけのことすら認めなかった。庇われて、何をするでもなくただ気遣われるのが嫌だった。


「そんなこともない、けど……」


 そう言いつつ、歯がカチカチ、と鳴った。

 すると、ロドリックは――言いにくそうにつぶやく。


「そんな格好だもんな。俺のこと助けようとしてくれたのに、ミシェルが凍えたら俺のせいだし。その……触れてもよければ――」


 あたためてくれるつもりだろうか。密着して。


「えっ、嫌よ」


 あまりにも私がはっきりと断ったからか、ロドリックは目を瞬き、続く言葉を呑み込んだ。


「あなただって何度も私を助けてくれたでしょう。気にしなくてもいいわ」

「何もしないけど。信用してくれないのか……」


 風にかき消されず、ロドリックが寂しそうにつぶやいたのが聞こえた。

 ここで許可を出したらどうなるのか、その後のことを今は上手く考えられないから嫌だ。

 少し距離が縮んだようで、けれど抱きしめられてもいいと思うほど近づいているわけではない。


 寒いけれど、まだ我慢できる。

 ガタガタ震えながら強がる私に、それでもロドリックは怒りを見せるでもなく、小さくひとつ息をついてから静かに語り出した。


「……なあ、ミシェルは俺と初めて会った日のことを覚えている?」


 なんの話だろうと思いつつ、うなずく。

 単に何か話していないと気まずいと思っただけかもしれない。


「え、ええ。あなたがお母様を亡くされて、しばらくした頃だったわ」


 あの日は兄様が風邪をひいて寝ていて、私も話し相手がいなかった。子供が他にいなかったのだ。

 大人たちばかりで少しつまらないと思っていた時にロドリックがいた。

 あの頃のロドリックはまだ線が細くて、女の子のようにすら見える可愛らしさだった。


「母が亡くなって、周りが俺のことを可哀想だって労わる、そういうのに正直疲れてた。初めて会ったその女の子は何も知らないから少しも気にせず普通に接してくれたと思ってたんだ」

「知っていたわよ。でも、もしあなたのお母様が見守っているなら、あなたには笑っていてほしいはずだから。元気なところを見せた方がよかったでしょう?」


 もし自分だったら、別れても大切な人には笑っていてほしいと思ったから。


「ああ、そういうことか。俺はミシェルと別れた後、もう一度会えるのを楽しみにしていたんだ。それが――」

「それが?」

「次に会った時には兄貴がべったり。二人で遊べることはもうなくて、本気で邪魔に思ってた」


 仲違いする前はロドリックも兄様に優しかったし、一緒に遊んでいた。そのくせ、邪魔に思っていたとは。


「ちょっと、ひどいわね」


 そう言いながらも、ロドリックが未だに子供のようで少し笑ってしまった。兄様が聞いても、あんまりだと言っただろうけれど。


「……今がこんなに暗くなかったら、もっとちゃんとミシェルの笑顔が見られたのに」


 そんなにしみじみと言わないでほしい。次に明るいところに出た時、変に意識してしまう。


「ああ、でも、見えなくてよかったのかも。何もしないって言ったし」


 首を傾けながらささやかれた。ゾッとするような、艶やかな声で――。

 ギクリとしてしまったのをごまかすために、私は精いっぱい平静を装った。


「そうね、私も平手打ちを食らわせずに済んでよかったわ」


 これを言ったら、ロドリックが明るい笑い声を立てて笑っていた。


「それは助かった」


 ――今が暗くてよかったのは、多分私の方だ。

 彼を相手に、赤くなった顔なんて見られたくないのだから。


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