20✤その裏で
赤が基調の華やかな部屋で、メイドたちが私の世話を焼いてくれた。
十分な食事も取らせてもらい、それから嬉しかったのは入浴させてくれたことだ。
編み上げられた強固なコルセットを外してもらえた。これをロドリックに頼むわけにはいかなかったから、心底嬉しい。
「コルセットは一人ではどうにもできないから、もう少し簡単な下着があればいいのだけれど」
締めつけからやっと解放され、深く息を吸い込む。この解放感ったらない。
「それでしたら、ご用意させていただきますね」
「えっ? いいの? ありがとう」
メイドの申し出に甘えさせてもらうことにした。
香油を垂らしたバスタブの甘い香りを楽しみつつ、入浴を終える。
こんなふうに寛いでいる場合ではないのかもしれないが、今は余計なことは考えたくなかった。
用意してくれた下着は綿製で柔らかく、調節する紐が前にある。これなら自分で着脱ができた。今日はもう寝るだけだけれど、これくらいならコルセットと違って着けていても苦にならなかった。
その上から白いネグリジェを着せてもらった。胸元にリボンがあるシンプルなデザインだ。うちの家にあるものより肌触りが良すぎて戸惑う。
ベリス氏に奥方はいないから、わざわざ用意してくれたのだろうか。
「では、おやすみなさいませ」
「ありがとう」
メイドたちが頭を下げて出ていく。
私は広い客室の中でポツリと一人になった。そうしていると、ロドリックのことを考えてしまう。
怒っているかもしれないが、私を守ることは彼の義務ではない。私が望まない以上、そんなことは考えなくていい。
――彼と一緒にいたくなかったのは私だ。
ずっと反目し合っていた彼があんなにも率直な気持ちをぶつけてくる、その戸惑いに慣れなくて。
私がこれまでに目を向けることなく来てしまった彼本来の優しさも垣間見た。
だからこそ、余計にロドリックという男性のことを分析しようとすると上手くいかない。
少し距離を置きたい。それで冷静に考えたい。そんなふうに思ってはいけなかっただろうか。
毎日同じ部屋で寝起きするような状況はつらいから。
ふう、とため息をついて窓辺に近づいた。ここから町の風景を見たくなった。領主館からならよく見えるだろう。
カーテンの隙間に滑り込み、窓に手をかける。
そっと開けると風が差し込む。やはり赤い月が空に浮かんでいた。
直視してはいけないと思ったのに、それでも目がチカチカした。
そして、その途端に声がした。
誰もいないのに、声だけがする。
それはベリス氏の声だった。
『何が言いたい?』
『――あの青年を元の世界に帰すとお約束なさったとか』
話し相手は最初に迎えてくれた老執事のようだ。
『それがどうした?』
ベリス氏の声がどこか意地悪く響く。
どうしようもなく胸騒ぎがした。
ド、ド、と狂った自分の心音に私自身が怯えてしまう。
『そんな技をいつからお使いになれるように?』
『まさか。できるわけがないだろう? それができるなら、私は今頃この町ではなく国を支配しているさ』
『召喚魔法は王の秘技でございますれば』
『王が呼び寄せたいのは彼女だけだ。招かれざる客まで連れていくべきではない。要らないのだよ、彼は』
『では彼のことはどうなさるおつもりで?』
『どこにでも捨てていい。二度と彼女に会わないような場所に行きさえすれば構わない。帰したとだけ言えば、確認などできないだろうから』
『彼はただの人間でしょう。この国で生き延びるのは難しいかと』
執事の言葉。短い沈黙。
――そして失笑。
『だろうな。けれど、それは私が心配してやることではない。運が悪かったというだけの話だ。それに比べ、私は運がいいな。彼女が自ら私を訪ねてきてくれるなんて』
ベリス氏はロドリックに道端の石ころほどの値打ちしか見い出さない。
領主といっても、この国の人間ですらないロドリックだから、親身になって世話をしてやる気もなかったのだ。
『しかし、王は何故あのお嬢さんを異世界からわざわざお召しになったのでしょう?』
それは私が一番知りたい。けれど、ベリス氏もそこまでの事情を知るわけではなかった。
『その辺りの事情はお話にはなられていない。ただ、近頃〈ルナティック〉が増えていることと何か関係しているのではないかと思う』
ルナティックという耳慣れない言葉が出たけれど、それを尋ね返すことはできない。
『けれど、あのお嬢さんに何ができるのです? 魔法使いの素質はあったとしても、ろくに使えないご様子でした』
『その素質こそが王が求める何かなのではないか? まあ、彼女がルナティックを抑えるために必要だとすれば、私は王の覚えもめでたく褒美を取らされるわけだ』
『そこに彼がいては邪魔なだけだということですね』
答えないけれど、ベリス氏の微かな笑い声がした。それは肯定に他ならない。
――どうしたらいいのだろう。
ここで別れたからといって、ロドリックが死ぬような目に遭うという心配はしていなかったのに。




