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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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19✤勝手に決めるな

 もしかすると、それがこの国に呼ばれた理由なのではないかと思えた。兄様の妄想でなければ、そういう家系だと。

 笑い飛ばされるかと思ったのだが、ベリス氏は笑わなかった。


「あなたには素質がある。それは間違いない」


 ロドリックはぎょっとしていたのも無理はない。


「ミシェルが? ……じゃあ、俺にも素質があるんですか?」


 しかし、これにはきっぱりとした否定が返った。


「いいや、君からは感じない。思うに、ミシェル嬢が呼ばれた際、君は近くにいたのではないかね?」

「いたかもしれません」


 かもしれないというか、すぐそこにいた。

 私は瞬きを繰り返しながら考えを巡らせる。


「彼は巻き込まれたと?」

「恐らくは」


 ――これが真相か。

 私が一人で来ればよかったらしい。けれどその場合、生き延びられただろうか。

 悔しいけれど、無理だった。かなりロドリックの世話になってしまったから。


 ロドリックは無言だった。表情も浮かべていない。

 気まずいと感じる前にベリス氏が言った。


「城へお連れするようにと指示されたのはミシェル嬢だけだ。だから、彼――ロドリックくんに関してはその限りではない。つまり、元の世界へ戻るつもりがあるのなら、彼に関してのみ私の方で手配しよう」

「帰れるんですか?」


 それはとても難しいことなのだと勝手に考えていたのに、あっさりと言われたのだ。ロドリックが驚いたのも当然だ。

 ただ――。


「君に関しては。ミシェル嬢は王に会っていただかないと。王の要件が済めば、御自ら帰してくださるのではないかな」


 その用件が何なのか私たちはもちろんのこと、ベリス氏にもわからないのだろう。


「……ミシェルに身の危険はないのでしょうね?」

「当然だ。彼女は王の客人だからな」


 丁重に扱ってくれるのだとわかっていても不気味ではある。ここで放り出されるよりはましだけれど。


「俺が招かれざる客だっていうのはわかりました。でも、ここでミシェルだけ残して帰るというのは無理です」


 ロドリックはきっぱりと言い放った。

 この人は――馬鹿だと思った。


「何を言っているの? あなたは帰れるチャンスなのに、馬鹿なことを言わないで帰って」


 帰ればいい。

 むしろ、最初からつき合う必要なんてなかった。巻き込んだのは私の方だったのだ。

 それなのに、ロドリックは怒ったような表情を向けてくる。


「嫌だ。帰る時はミシェルと一緒に帰る」

「私はそんなことしてほしいなんて言っていないでしょう?」

「今聞いた話の根拠は? ミシェル、いつもの疑り深さはどこへ行ったんだ?」


 いつもの疑り深さと。それはロドリックに対してだけだ。

 彼の言葉だけ特別に疑ってしまう。それはもう傷つきたくないからで――。


 それを指摘されたら感情的になってしまって顔が熱くなった。

 だから、ロドリックを見ずに押し殺した声でベリス氏に言った。


「私がお城へ行けばいいみたいですから、彼のことをお願いします。間違ってもついてこないように、元の世界へ帰しておいてください」


 これを言ったら、急に手首をつかまれた。本当はもっと力を込めてしまいたいのを我慢しているような、熱い手だった。


 これまでのことを完全に許していない私に触れてはいけないと、彼なりに考えていたはずだ。それでも今はそんなことを言っていられないのか、私に腹が立ったのかのどちらかだ。


 私もまたロドリックの強張った顔を睨むように見つめる。


「勝手に決めるな。俺のことは俺が決める」

「私のことも私が決めるの。私は一人でいいわ」


 これを言ったら、ロドリックが怯んだのがわかった。

 食い込むほどだった指がゆるむ。そんな彼の手を振り払った。


 そこで静観していたベリス氏がため息をつく音がして、場が冷える。


「じゃあ、明日になったらそれぞれに出発してもらおう。今日はこの屋敷で休んでくれていい。……もちろん、部屋は別々に用意する」

「ありがとうございます、領主様」


 立ち上がって膝を折り、礼を取る。この庶民的な服では様にならないけれど。

 それから、座ったままのロドリックを見下ろして告げた。


「じゃあ、しばらくの間お別れね。先に帰って、ちゃんと兄様に謝ってね。私も帰ったら兄様に確認するから。そうじゃないと次に会った時に怖いわよ」


『次』という言葉にロドリックは少しばかりほっとしたようにも見えた。

 ただ、言っている私の方が本当は不安だった。私は帰れるのかと。


 不安があるからこそ、一人になることを選ぶ。

 ロドリックは巻き込まれたに過ぎないのだ。それなら、つき合わせていいということはない。


 ――そう、私なりにロドリックの心配をしたのだ。


 この世界では何が起こるかわからないから。それなら帰ってほしいと。

 完全には許していないとしても、あの謝罪がすべて嘘だとは思っていない。


 私は、守られるよりも守ることに慣れている。そういう性分は直らない。

 だから、守ってほしいなんて言わない。


「ミシェル、俺は――っ」


 ロドリックが何かを言いかけた時、パチン、と暖炉の薪が爆ぜるような音が鳴った。

 そして、彼の姿は消えた。

 唖然としていると、ベリス氏に苦笑された。


「別室に移動してもらったよ。彼はあなたと離れたくないようだが、仕方がない」


 そんなにも、離れたくないのだろうか。

 赤面しそうになるのを深呼吸をして落ち着けた。


「魔法で一気に城まで行けたなら楽だが、あなたは私の魔法を相殺してしまうかもしれない」

「相殺?」

「そうだ。あなたはかなり高い素質を秘めていると見える。そうした相手だと術が効かず、違う場所へ転移させてしまう可能性もあるから、地道に進んだ方が安全だろう」


 もしかすると、急に場所が切り替わったり昼夜逆転したのはそのせいだったりするのか。

 王が私を呼ぼうとしたのに、私が無意識に到着地点をずらしてしまったなんてこともあるのだとしたら。


「相殺しないで済む方法を教えていただいても駄目ですか?」

「それには時間がかかるので、そんなことをしている間に着いてしまうよ」


 笑われてしまった。そう簡単なことではないらしい。


「では、必要なものは用意させる。今日はゆっくり休んでもらって、それから明日の早朝に次の町までは私の部下をつけて送り出そう」


 ベリス氏は領主なので、あまりこの地を離れられないようだ。

 紹介状なりを(したた)めて、次の領主へ私を託す。これを繰り返して王の待つ城まで行くということか。


「はい、ありがとうございます。お世話になります」


 私はその後、客室へ通されてからようやく息をつけた。


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