1✤崖っぷち伯爵家
このバルカム王国は小国とは言えど、王政の豊かな国だ。
島国であることから、攻め入られにくい。優秀な海軍と地の利によって列強から守られている。
その王国で、私――ミシェル・エアハートが社交界デビューしてから二年が過ぎた。
他の令嬢たちと同じく結婚相手を探す必要があるのはわかっているけれど、それが難しいのは事実だった。
伯爵家ではあるものの、はっきり言ってうちは貧乏だから。
微妙な手腕の持ち主だった祖父が、領地を広げるためにまず代々受け継いだ屋敷を人に貸して小さな屋敷へ移り住んだ。立派な屋敷より何より、広い領地を持つ方が社交場では尊敬されるからだ。
領地さえあればいずれ財も膨らみ、いつかはもとの屋敷に戻れるはずだった。
ただし、その先物買いは失敗に終わった。岩がゴロゴロした寒波の厳しい領地は家族に恩恵をもたらさなかった。貸した屋敷はついに手放し、その金でなんとなく暮らしていけているという体たらくだ。
失意のまま祖父は亡くなったので、誰ももう責めることはできない。
「でもね、ミシェル。僕はこの屋敷が好きなんだよ?」
ふたつ年上のテレンス兄様――。
エアハート伯爵家の跡取りだ。
男性にしてはやや背が低く、どこかずんぐりとしていて、そのせいか野暮ったいと言われてしまう。でも、父様にそっくりだから私はそんな兄様の容姿に和むのだけれど。
私は母様に似たから、一見して兄妹には見えないらしい。
「兄様ったら。この小さな屋敷だとお客様を呼べないから、それがかえって楽だって言うんでしょう?」
呆れて言ったら図星だったようで、兄様は首をすくめた。
兄様は引っ込み思案で人前に出るのが苦手だから。
「お屋敷に呼べないから、お呼ばればかりよね。肩身が狭いわ」
ため息交じりに言ったら、兄様は焦って手を忙しなく動かしていた。
「で、でも、ミシェルは美人だから。皆喜んで誘ってくれるよ!」
私の榛色の髪は一切癖がなく、新芽に似た淡い黄緑色の瞳と相まって、それが綺麗だと言われる。肉感的でなはくて細身な方だ。
平均よりは容姿に恵まれているとしても、それだけでは戦えない。
「あのね、兄様。見た目だけでどうにかなる世の中じゃないの。私は持参金の用意できない貧乏貴族の娘よ? 本気で相手にしようって人がどれくらいいると思う?」
自分で言って悲しくなるが、それが現実だ。
ついでに言うなら、この頼りない貧乏伯爵令息に嫁いでくれる令嬢もいると思えない。
兄様は、気は弱いけれど優しいとも言える。長所だってちゃんとあるけれど、それを見てくれる女性を探すのは難しい。
「ま、まあ、今度のオーズリー家の夜会でいい人がいるかも?」
「なんだかもう、私も社交場が憂鬱なの。できるなら行きたくないくらい」
本気で嫌な思いをしているかというと、大体の男性は紳士だから貧乏だろうと令嬢につらくは当たらない。
それでも、例外はいる。
「それって、彼のせい?」
「……さあね、どうかしら」
「ごめんね、ミシェル。僕がしっかりしてないから悪いんだ」
ふにゃ、と顔を歪める兄様を見ていると、どちらが年上だかわからなくなる。時々、私が姉であればよかったのではないかと感じるくらいだ。
もうちょっと頼りになる兄であってほしいと思ってしまうこともあるけれど、言わないようにしている。
「でもね、大丈夫。僕たちのことは月が守ってくれるよ」
何かというと兄様はすぐにこれを言う。
その誇らしげな表情に私はいつも苦笑するしかなかった。
「そうね、青い月だけど」
魔法の源である魔力を使いきった青い月は、それでも綺麗だった。




