18✤素質
少し脱線してしまったが軌道を戻し、玄関へ向かった。
その先で、いかにもといった具合の老執事とメイドが待っていてくれた。
「ようこそいらっしゃいました、お客様」
「ロドリック・エルガーと申します。こちらはミシェル・エアハート。旅の者ですが、領主様にお話をお聞きしたくて参りました」
ロドリックが余所行きの顔で告げる。
すると、奥の両開きの扉が開いた。そこから歩み寄ってきたのは、三十歳くらいの理知的な男性だった。身長は同じくらいでも、ロドリックが幼く感じられてしまうほどに落ち着いた魅力を持っている。
この人が領主だとすぐに感じた。
「私が領主のベリスだ。さあ、奥で落ち着いて話そう」
「はい、ありがとうございます」
わざわざ迎えに出向いてくれた。その友好的な態度にほっとする。
領主館の中は、私の家よりも広くて綺麗だった。
すべてアンティーク調で、独身だというが調度品の趣味もいい。
私たちは通された先でソファーに座った。
ベリス氏も私たちと差し向かいで座り、膝の上で手を組んでいる。彼の服装はスーツの上にローブを羽織っており、それだけが魔法使いらしい点だと言えたかもしれない。
「さて。……君たちはこの国の者ではないね?」
これを正直に認めるべきか、認めないべきか、どちらが正解なのかがわからない。
ロドリックは一度私を見遣り、それからベリス氏に向かってうなずいた。
「はい。気がついたらこの国にいました。ここに異邦人が迷い込むような、こういうことはよくあるのでしょうか?」
ベリス氏はそれに対し、軽く目を眇めてみせる。
腹の内が見えにくいのは、いろいろな駆け引きを必要とする領主という立場上当然なのかもしれない。
「多い事例だとは言えない。この町に限ったことならば初めてだ」
「そうなのですね……」
私がつぶやくと、ベリス氏はじっとこちらを見つめていた。ロドリックではなく、私を。
それに気づいたロドリックの眉がピクリと動くけれど、彼が何かを言う前にベリス氏の方が口を開いた。
「実は、我らが〈王〉よりお触れがあってね。ミシェルという女性をこの国に招いた。見つけ次第、城へ丁重に送るように、と」
「お、王?」
私は唖然としてしまった。
このスターレット王国の国王によって私はここへ呼ばれたというのか。けれど、一体なんのためにだろう。
「……それは何故ですか? 何故、王が異世界のミシェルを呼ぶんです?」
ロドリックの警戒心が強まる。それをベリス氏は苦笑で迎え撃った。
「王の御心は我らが推し量れるものではないのでな。なんらかの理由があるのだとしても、そこはわからない」
私の国にだって王や王族はいる。けれど、社交場でデビュタントとして一度お目にかかったことがある程度だ。
他国の王ともなればどんな人物だか想像もつかない。
「王様はどのようなお方なのでしょうか?」
尋ねてみると、ベリス氏は急にカッと目を見開いた。
「私のような者が王について語ることは不敬だが、ここは語らせてもらおう! 王はこの国を創られた偉大な御方だ! お美しく! 聡明で! 最も強い魔力をお持ちの! 赤い月を支配する最高位の魔法使いだ‼」
「…………」
急に声が大きくなった。
さっきまで落ち着いた大人の男性だったのに、王について語るベリス氏は、憧れの英雄について熱く語る男の子とそんなに変わらない。とにかく崇拝しているらしい。
今聞いた限りの情報だと、王は完全無欠の偉人ということらしいが、そんな人がいるものなのだろうか。
かなり美化されている気がしてならない。
「国を興したのですか?」
それとは対照的に、ロドリックが冷静に問いかけた。
もしそうなのだとしたら、この国の歴史は浅いのかもしれない。
けれど、質問の意味がわからないとばかりにベリス氏は首を傾げた。熱が少し落ち着いたようでよかった。
「創った。この言葉の通りだよ」
興したのではなく、創った。
私たちの常識は通じない、そういう場所なのだと考えるしかないのか。
「王の御名はなんというのですか?」
不意にロドリックがそれを知りたがったけれど、途端にベリス氏は白けたように首を振った。
「王は王だよ。誰も王の御名など呼ばない」
最強の魔法使い。
ベリス氏の様子から、神を崇めるに等しく思う。
それが王で、私を呼んだ人だと。
とても不穏に思ってしまうのは、情報が足りないせいだ。
これ以上ベリス氏から王の話は聞けないと感じたのか、ロドリックは話題を変えた。
「それで、あなたも魔法使いなのですよね?」
「そうだが、私など王の足元にも及ばない」
「あの、魔法についての知識が私たちにはほとんどないので、できることなら教えていただきたいのですが」
いきなり魔法だ魔法使いだと言われても私たちには縁遠いのだ。
私の知識は兄様と一緒に読んだ絵本で、そもそもあれは作り話のはずで現実ではない。だから私もほぼ何も知らないと言っていい。
ベリス氏は少し思案顔になった。無知な私たちに何から話すべきか考えているのだろう。
「そうだね、まず魔法というものは月の魔力を糧に行う秘術だとされている」
あの絵本と同じだ。私たちはベリス氏の話の続きを待つ。
「魔法使いの血筋に生まれた者にしか魔法は使えないのだが、魔法使いが単独でも魔法を使うには至らない」
「そうなのですか?」
それは知らなかった。あの絵本ではどうだっただろう。魔法使いが魔法を使っていたことしか覚えていない。
「そう。魔法を可能にする方法は大きく区切ってふたつある。ひとつは月の精を使い魔にすること。月の精は魔法使いに力を与えてくれる。うちにもいるのだが、玄関先で君たちを迎え入れただろう?」
「あの犬の石像ですか?」
ロドリックの質問にベリス氏はうなずく。
「そうだ。あれが私の使い魔だ」
月の精だというが、何故犬なのだろう。そもそも使い魔という存在が謎だが。
私たちがまだ疑問を持ちつつもベリス氏の話は先へ進む。
「そして、ふたつ目が〈月石〉という月の欠片を使うというもの。ただしこれは使用すれば砕けるので連発はできない。このふたつのどちらかが必要になる。稀にそのどちらも必要とせずに魔法を使える者もいるが、私が知るのは王のみだ」
そのレベルの人でない限り、自分だけで魔法は使えないということか。
「……あの、それで、馬鹿げたことを言っているかもしれませんが、私にも魔法使いの素質があるのでしょうか?」
これを尋ねた時、ベリス氏の表情が一層引き締まったように見えた。




