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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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18/31

17✤価値観

 領主館の門前に来た時に疲れを感じたのは、坂道だったせいだろう。

 建物は目で見えている距離でも、坂道は歩くと地味にきつい。


 そこでふと見遣ると、門前であの女性たちはすべて止められていた。


「若い女性を探しているっていうから来たのに、入れてもくれないなんてどういうことっ⁉」


 甲高い声が響くけれど、対する相手は落ち着いていた。


「いえ、探されている特定のお方が若い女性だというだけで、若い女性を求めているというわけではございません。勝手に勘違いされる方が多くて困ります」

「なんなのよ、それ!」


 独身の領主が若い女性を探しているという情報が独り歩きした結果だったらしい。

 領主が捜しているのは特定の誰かだと。

 無節操な女好きではなかったようでほっとする。


 女性たちはプリプリと湯気が出そうな勢いで怒っていたが、勘違いからではただの迷惑だ。引き返す彼女たちの流れに逆らい、私たちは前に出た。


 近づいてみると、アーチになった門前で彼女たちの相手をしていた番兵は人間ではなかった。石でできた犬の彫刻だ。

 それに驚かずに彼女たちが会話をしていたことを思うと、これは珍しくないものなのだろうか。


「あなたも先ほどの方々と同じご用件で?」


 ドーベルマンの石像は片目を瞑って私たちに問いかけた。

 それに対し、ロドリックが答える。


「俺たちはこの世界に迷い込んだ旅人だ。領主様に会ってお話をお聞きしたい」


 石像はフンフンと鼻を鳴らし、ロドリックではなく私の方に目を向けた。


「おや、あなた様も我が主と()()でございましたか」

「えっ?」

「それならば、お探しのお方やもしれません。主がお会いになられますので、先へお進みください」


 伺いを立てることもなく、石像は勝手に判断したかに見えた。それとも、私たちにはわからない方法で領主がどこかから命じているのだろうか。


 迎え入れられた門の先には美しい八重の花が咲く。薄紅色のドレスを膨らませた令嬢のような姿で可愛らしい。

 まるで客の目を楽しませるために咲き誇っているかのようだった。


「……同族って、どういう意味だろう?」


 ロドリックは眉根を寄せ、石像が言ったことを気にする素振りを見せた。


「さあ?」


 素っ気なく答えながら私は花を眺めたけれど、ふと考えた。

 領主は魔法使いだ。それなら、同族というのは魔法使いを指すのではないのか。


 私が同族。意味がわからない。


 そう思ったのに、ふと兄様の顔が浮かんだ。

 ――私たちは魔法使いの子孫だと勝手に妄想していた。


 夢見がちな兄様が、貴族としての面目も保てていない私たちがそれでも特別な人間であると思いたくて、やっと捻り出したのが魔法使いの末裔という突飛なものなのだ。

 根拠はあんな古い絵本でしかない。


 それがもし、兄様の妄想ではなかったとしたら。

 私に何か特別な血があるのだとしたら。


 何が変わるのだろう。

 知るのが怖いような気がして身震いすると、ロドリックの目が心配そうにこちらに向いていた。私はそれに気づかないふりをして前を見据えて歩いた。


 すると、その途中で庭師らしき老人が垣根のところで丸くなっていた。

 私がそれに気づいたように、ロドリックも気づいたらしい。先になって庭師に近づいた。


「どうした?」


 庭師の声は私のところまで聞こえない。それでも、ロドリックには聞こえたようだ。体を老人の下に滑り込ませ、小柄とは言えないがっしりとした体格の老人を背負った。


「大丈夫?」


 声をかけてみたけれど、どうにも具合が悪そうに見える。無理やりうなずいていたが、大丈夫ではないだろう。

 私はそっと庭師の背中を摩った。ロドリックは彼を背負ったままで言った。


「近くに息子がいるっていうから、託してくる」

「私も行くわ」


 見ず知らずの老人ではあるけれど、こうしたところに遭遇してしまっては放っておけない。幸い、すぐ近くに息子らしき男性がいた。

 背負われている老人を見て慌てて駆け寄ってくる。


「父さん!」


 まだ老人の意識はあるようで、ボソボソと息子に話しかけていた。


「だから時間になったらちゃんと薬を飲まないと駄目じゃないか!」


 そうして、彼はロドリックから父親の体を引き受けてからペコリと頭を下げた。


「すみません、いつもの発作なんです。薬を飲めば落ち着くんですけど」

「命に関わるような深刻な状況じゃなかったのならよかった」

「ご親切にありがとうございました」


 二人が去っていく時、ロドリックがほっとしているような穏やかな顔をしていたので、それを意外に思ってしまった。


「ちょっと驚いたわ」


 正直に言うと、ロドリックが私の言葉の深意を探る目を向けてきた。


「俺が人助けなんてすると思わなかったって?」

「そこまでは言っていないわ。ただ、上流階級の人間はほぼ労働者に親切心なんて起こさないもの。ましてや背負ったりなんて」


 ロドリックの家は広い領土を持つ旧家だ。幼い頃から使用人にかしずかれて育っている。

 そのロドリックがとっさにでも労働者を助けた。それは同じ階級の人間から見ればとても異質なことだ。


 私の家は使用人が少なく皆が身近だから、誰かが具合を悪くすれば心配するけれど、その感覚は一般的なことではないのもわかっている。ロドリックのところにはたくさんの使用人がいるはずなのに。


 これを言ったら、ロドリックが顔をしかめた。


「……別に俺の背中なんだから誰に貸してもいいだろ」

「悪いなんて言ってないじゃない。あなたの立場なら使用人にはかしずかれるもので、手を差し伸べるなんて意外に思っただけ」


 もしロドリックがあの老人に手を貸さなかったら私が貸していた。

 それは私がそうしたいと思うからで、つまりロドリックは私の気持ちを知らないまま私と同じことをしたいと考えて動いた。私とロドリックは、別々に同じことを考えていた。


 それが意外であって、でも多少は嬉しいとも感じた。

 この不安な場所で今、私がそんな気持ちでいることに自分でも驚く。

 ――ただし、そんなことは言わなくては伝わらない。


「俺はほとんど乳母に育てられたようなものだし。上に立つ以上守らなきゃいけないと思うことはあっても、体を壊したからって使い捨てる感覚には馴染めない」


 私も階級の線引きには厳しいとでも思ったのだろうか。苦々しく言われた。

 ロドリックは私たち兄妹の前では意地悪に見せつつも、他の人にはこういう顔を見せていたのだ。そうでなければ、今みたいな場合とっさには動けない。


 だから私は正直に思うところを告げた。


「いいことだと思うわ。私もうちで働いてくれている皆のことが大好きだもの。彼らはもっと大事にされるべきよね」


 これを言った時、きっと私の表情はいつもよりも柔らかかったのだろう。

 ロドリックの強張った表情も徐々に解けていく。どこかほっとしているようにも見えた。


「やっぱりミシェルだな」

「何よ、それ?」

「何年か前だけど、粗相をしたメイドがとある令嬢に苛烈に責められていたことがあって。俺も近くにいたから止めに入ろうとしたんだけど、俺よりも先にミシェルが割って入ったんだ」

「……覚えていないわ」


 そんなこともあったような気はするけれど。

 もうおぼろげだ。思い出そうとする前にロドリックが続けた。


「言いすぎだからそれくらいにしてあげてって毅然と言い放って、震えて泣いているメイドの背中を摩ってた。その令嬢がミシェルのことを罵っても、もう耳を貸さなくてまったく相手にならなかったな。……俺とは拗れてたけど、そういうところを見ると、やっぱり惚れ直してたというか」


 私が知らないうちに勝手に惚れ直されても困る。

 なんと答えていいものか戸惑い、私はため息をついてから向こうを指さした。


「もう行きましょう。お待たせしてしまうわ」


 せっかくの告白を私がサラリと流すからか、ロドリックは少し寂しそうな目をした。


 ――だって、どうしろと言うのだ。

 そんなもの、私にはわからない。


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