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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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13✤王国の地図

 食事を取ったせいなのか、疲れのせいなのか、眠たいとは思う。

 ロドリックが人に道を尋ねている間、ただ立っていると眠くなる。近くの塀にもたれかかっていたら、ロドリックが私のところへ戻った。

 何か言いたげに片眉を跳ね上げる。


「体調が悪いのか?」

「いえ、別に」


 素っ気なく返した。ロドリックは、私の体調が悪いとしたらどうするつもりだったのだろう。

 可愛げのない私の態度にはもう諦めたのか、ため息をついてみせる。


「この通りをまっすぐ行けば宿があるみたいだ」

「わかったわ」


 あと少し、歩かないと。私は目を(しばたた)かせて睡魔と戦った。

 着いた宿はいかにも安宿ではあったけれど、休めるのならいい。少し横になりたい。


 ここでもロドリックが店主と話し、部屋を取ってくれた。

 ――本当に、頼りすぎかもしれない。


「二階の突き当りの部屋だ」


 ロドリックに促され、私はキシキシと音を立てる階段を上った。

 部屋は殺風景で、ベッドはふたつ。窓辺には埃っぽいカーテンがかかっている。

 部屋に入り、ロドリックが扉を閉めた時にギクリと心臓が跳ねた。それを覚られないよう、精いっぱい平気なふりをしてベッドに座り込んだ。


 すると、ロドリックが私の正面に立った。見下ろされる形になって、恐怖心を覚えてしまう自分を叱った。

 怯えるな、負けるな、と勝手に自分を奮い立たせるが、ロドリックはそんな私の様子には構わずベッドの上に地図を広げた。


「これはスターレット王国全土の地図だ。……何か気づくことはないか?」


 そう言って、床に膝を突いた。私と目線が近づく。

 私はロドリックではなく地図を見た。言語は私たちの国と同じで文字もちゃんと読める。


「気づくって、これ――」


 私たちが暮らしていたバルカム王国と同じ形をしている。そら豆のような形の、意外と小さな島国だ。

 ただし、そこに書かれている地名はすべて違う。


「バルカム王国と同じ形なの?」


 私がつぶやくと、ロドリックは二枚目の地図を上に重ねた。これは地方の地図だ。


「そうらしいな。でも、地形は同じなのにそこに造られている町や建造物はまったく別物らしい。この町はスターレット王国の北部だ。あの夜会があったオーズリー家の屋敷はバルカム王国でも北寄りだったが、同じ屋敷がこの国にあるのか、無人のあれはまだバルカム王国だったのか、その辺りはよくわからない」


 意外なほどロドリックは冷静に分析していた。こんな状況なのに落ち着いている。

 それに引き替え、私は同じ立場でありながらまだ何も考えられていなかった。そのことが悔しい。


 そこで地図から顔を上げたらロドリックと目が合った。

 私は反射的に睨みつけるようなきつい目を向けていたのだと思う。いつになくロドリックが困惑していると感じたのは気のせいではなかった。小さく息を吞んでいた。


「以前は()()じゃなかったよな。何が気に入らないんだか知らないが、気づいたら目も合わせない、口も利こうとしない。……俺はお前にそこまで嫌われることをしたか?」


 それを聞くなり、私の平常心は完全に吹き飛んだ。

 カッと目の前が赤く染まるほどの怒りが込み上げてくる。


「よくそんなことが言えるわね……」


 ロドリックの方が私を悪し様に言ったのだ。それを被害者ぶったようなことを言うのは、そんな過去の出来事を覚えていないというのか。


 けれど、私の憤りに対し、ロドリックはいつも私たちに絡んできた意地の悪い表情ではなく、今は本気で戸惑っている。

 黙って、意味がわからないとでも言いたげに私を見ている。


 感情が昂って、思わず声が震えた。


「あなたが私のことを陰で悪し様に言ったからでしょうっ?」

「……なんだって?」


 ――少しも覚えていないのだ。


 他愛のない子供の悪口に過ぎない、あの程度のことにこだわっていつまでも呑み込めない私の方がいけないとでも言われている気分だった。

 惨めになって涙が浮かびそうになるけれど、それをごまかすようにロドリックを睨み続ける。


「湖畔で皆で遊んでいた時、あなたが友達に言ったの。あいつは可愛げがなくて、わがままだから、あいつにはあんまり近づかない方がいいぞって。私は通りかかって自分の耳でしっかり聞いたわ。……仲良くしているふりをして、裏で私のことをそんなふうに思っていたなんて気づかなかった。嫌われているって知って、私があなたを避けるのは当然でしょう?」


 一気に言い放ったら、息が上がってしまった。

 ロドリックはというと、私の剣幕に驚いているのか、言葉を失って呆けて見えた。


 私が聞いていたなんて知らないのだ。ロドリックからすれば、内心を上手く隠して仲良くしているつもりだった。私の態度が急変した理由の説明がつかなかったらしい。


 ロドリックは呆けていたかと思うと、ポツリと零した。


「……全部、俺のせいだったのか」


 その声には愕然としたような響きがあったけれど、私が目を見張ったのはその後のロドリックの反応だった。


 口元を押さえ、赤面して黙ったのだ。


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