12✤弾まない会話
店の外へ出ても右へ行くべきか左へ行くべきかもわからなかった。
かといってロドリックに相談するのも嫌だったので、勝手にズカズカと歩いたら肩をつかまれた。
「おい、無計画に歩くな。疲れるだけだ」
その手を叩き落としたい衝動を抑えながら振り返る。
「私は馬車でしか移動したことがないご令嬢とは違うから。これくらいで疲れないわ」
反抗心がムクムクと湧いてしまうのは止められない。
さっき、ロドリックが大事なものを手放し、私は身を切ることがなかった。何かそれも引け目になってしまっている。
ロドリックは受けて立つとでも言いたげな表情を浮かべるのかと思えば、どこか困ったようにすら見えた。その反応に私の方がただわがままを言っているような気分になって怒りが萎んでいく。
「俺たちはあの夜会からここへ来たんだ。本来だったら今は夜で、寝ていてもおかしくない時間帯だろ。外が明るいから勘違いするが、体は疲れているはずだ。休息がいる」
「……あなたは疲れたの?」
そういえば、ロドリックは獣と戦っていたし、私より消耗しているのかもしれない。
「疲れた。それから、食事も必要だ」
それを聞いた途端に私の腹部からなんとも情けない音が鳴った。空腹を思い出させてくれるなとばかりに。
――どうか聞こえていませんように。
そう願ったけれど、ロドリックは目を瞬かせ、それから指摘こそしなかったが口の端が僅かに持ち上った。
「まあ、なんか食えるものもあるだろう」
「う……」
恥ずかしいけれど、言い訳をするのも恥ずかしい。
顔が赤くなっていないことを祈りつつ、私はハーフチェンバーの街並みをロドリックの後ろについて歩いた。
「食堂っぽいのがある。美味いかどうかまでは知らないが、ここでいいな?」
「ええ」
庶民的な大衆食堂といったところだけれど、贅沢を言うつもりはない。
むしろロドリックの方が私よりも普段からいいものを食べていそうなのに、こういうところでいいのだろうか。
中は薄暗く席も空いていた。時間が中途半端だったせいだろう。
二人で仲に入ると、給仕の女の子がロドリックを見て胸をときめかせているように感じた。見た目がよくても性格が悪いから、そのときめきは勿体ないと言ってあげたかった。
メニューはなく、選択肢もない。
その日のオススメである料理しか扱わないのだそうだ。よって、運ばれてくるのは鴨肉のコンフィだ。
料理を待つ間、気まずいといったらなかった。
互いが大嫌いな者同士、差し向かいで座っていて会話が弾むわけもない。
けれど、しばらくの沈黙の後にロドリックは口を開いた。
「……この状況でどうすればいいのか、現段階ではわからない。でも、俺とお前だけは〈元の世界〉の人間だとわかっている。つまり、敵じゃない。だからこの世界にいる間くらいは俺のことを敵視するな」
「敵視って別に……。でも、あなたは一人でどうにかできそうよね。私の世話を焼く必要ってあるのかしら?」
ロドリックは世知長けていて、私の方がむしろ世間を知らない。別行動になって困るのは私の方だ。
それがわかるからこそ、とても返しきれない貸しを作りそうで嫌だった。
私の考えをどこまで読んだのか、ロドリックはため息をついていた。
「放っておけば野垂れ死に確実の女を見捨てたんじゃ、俺の寝覚めが悪い。相手が誰だろうとな」
自分のために私を放り出さないと言う。
私が野垂れ死んだだとしても、それがロドリックのせいだと言うつもりはないけれど。
「あなたにそんな殊勝な気持ちがあるの? 私がどうなろうと平気なんだと思ったのに」
これを言った私の表情は、多分今のロドリックが鏡のように体現している。二人でいて笑顔なんて浮かばない。
「お前、どれだけ俺のことが嫌いなんだよ」
思わずぼやかれたけれど。
それはお互い様のはずだ。
そこで料理が運ばれてきたから会話が途切れた。私は料理を食べ、期待以上に美味しかったことに驚いた。
ただし、その喜びを共有できる相手はここにいなかった。ロドリックとは楽しげに他愛のない話ができるようにはならない。
食堂を去る時に給仕の女の子に美味しかったと伝えたが、私よりもロドリックに言ってもらいたそうだった。
食堂を出る。
ただし、私たちの足はそこで止まった。
空腹は満たされたけれど、これからどこへ向かえばいいのかがわからないままだから。
空を見上げても月は見えない。分厚い雲があるだけだ。
あの赤い月がまた空に昇ったら、元の世界へ戻れたらいいのに。
上を向いたままの私の横顔に目を向けていたロドリックが不意にボソリと言った。
「今日はまず宿を探さないか?」
「宿?」
振り向くと、私の髪が揺れた。ロドリックが切らせなかった長い髪が。
それをロドリックは目を細めて見遣り、そしてうなずく。
「ああ。右も左もわからないここで安全に寝られる場所を確保できなかったらマズいだろ。少し長めに休息を取るんだ」
ロドリックの言うことは正しい。
ただ、素直にうなずけないのにはいくつか理由があった。
「……あなたと私、同じ部屋で寝るの?」
これを言ったら、ロドリックが僅かに動揺したように見えた。
「俺の目の届くところにいなかったら、何があっても対処できない。それでいいなら宿代はかかるが別の部屋を――」
さすがのロドリックも嫁入り前の伯爵令嬢と同じ部屋で夜を過ごすのは問題だとわかってはいるようだ。
どうせお前には誰も期待していないのに、醜聞なんて笑わせるとでも言われたら平手打ちを食らわせたかったが。
「いいわ、別に。この世界で醜聞も何もないし。大体あなた、私に手を出すほど女性に飢えてないでしょう?」
本当は、いくら私に興味がない男だと知っていても同じ部屋にいるのは怖い。
そのくせ、自意識過剰だと思われたくないから平気なふりをしてしまう。そんな自分の性格が恨めしかった。
「何もしないに決まってるだろ」
そう言ってロドリックは顔をしかめてみせた。
そうして、私たちの会話は途切れた。
他の誰が相手であるよりも普通に話すのが難しい。できることならもう口を開きたくないけれど。
お気づきかもしれませんが、投稿日間違えました(*´▽`*)
予約全部直さなきゃいけないのでこのままにしておきます。




