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赤い月とふたりの舟 ~嫌いなあなたと不思議な国~  作者: 五十鈴 りく


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9✤憎らしい小川

 森には、かろうじて小道のようなものがあった。

 木々に覆われていて暗いのに、ほんのりと光が見える。それは不思議な光で、蛍のようにも思えたけれど、もう少し大きい。


 そんな光があるから、月光を遮られる森の夜道でも歩けたのだ。

 ただし、光のせいなのか誰もいないはずの場所でも人に見られているような気もしてしまう。


 何か話していないと不安になるけれど、ロドリックは口を開かない。

 私と会話を試みると喧嘩になるからかもしれない。一度そう感じてしまうと、こちらからも話しかけなかった。


 二人、黙々と歩く。

 そうしていると、道が切れていた。


 正確には切れているのではなく、小川を挟んで続いている。そして、こんな寂しい森の中に橋など架かっていなかった。


 サラサラと音を立てる小川には石や横たわった木があり、水がそこにぶつかりながら流れていく。

 それほど深くはなさそうなので溺れたりはしないだろうけれど、ドレスの私はどう渡ればいいだろうか。


 ロドリックがチラリと私を見遣った。

 置いていきたい気分になったのかもしれない。


「どうにかするわ。先に行って」


 最悪、ヒールの靴を脱ぎ、ドレスをたくし上げて渡ってもいい。ただしそれをするにはロドリックの目があってはならない。

 だからこれを言ったのだが、ロドリックは目を細めた。


「どうにかって、具体的には?」

「どうにかするって言っているでしょう」


 脚を出すなんて、貴族の令嬢がすることではない。言わせないでほしい。

 私が顔を背けると、ロドリックがため息をついた。


「……今だけはしばらく思考停止しろ。それが無理なら、ここにいるのは俺じゃなくてお前の兄貴か父親だとでも思っておけ」


 急に妙なことを言い出した。

 どういう意味だろうかと目を(しばたた)かせていると、ロドリックが私の体を横抱きに抱え上げた。


「なっ……!」


 驚いて腕を突っ張り、ロドリックの肩を押すと、その時にロドリックの足は小川の石の上に乗っていた。


「暴れるな、川に落ちるぞ」


 意外と落ち着いた――というより押し殺したような声で言われた。


「それと、あんまり体重を後ろに傾けるな。上体をこっちに倒せ」

「……っ」

「俺の首に手を回してつかまれ」


 私が可能な限り体を離そうとするから、バランスが取りづらいのだろう。この状況で二人して川に落ちたら目も当てられない。

 私は荷物のように抱え上げられた屈辱も感じつつ、ロドリックの首に腕を回して上体を寄りかからせる。どうしてこんなにもロドリックと密着するハメになったのだろうということは考えないようにして。


 緊張しているなんて思われたくないけれど、隠せてはいないのかもしれない。

 昔は私とそう身長も変わらなくて、転んだロドリックを背負って歩けたのに。今となってはもう無理だ。


 ――目を閉じてみたけれど、私を抱き上げているのが兄様だなんてとても思い込めそうにない。広い肩や逞しい腕、硬い体は兄様のものとは違うから。

 嫌いな私をこんなふうに抱き上げて、ロドリックだって嫌なはずなのに。


 ロドリックは私を落とすことなく小川を渡りきる。

 私は地面に足をついた時、心底ほっとしてしまった。


「……ありがとう」


 礼を言いつつも、彼の目を見て言うことはできずに顔を背けた。

 ロドリックは諦めているのか、恩着せがましいことは言わずにため息で返しただけだった。




 それからもしばらく森を歩いた。

 私は小さな異変も見逃さないつもりで周囲に目を配っていた。どうしてこの森は夜でも暗闇ではないのかという疑問はまずあるものの、植物も少し変わっているように思われた。


 緑の葉に時折派手なピンクが混ざっていたり、形がハート形になっていたり、私から見て変わっている。植物の成長は気候風土によるところのはずだから、ここは私が知る土地ではないのかと思い始めた。


「見たこともない植物が多いわ。こんな場所、私たちの暮らす地域にある気がしないの」


 ポツリとつぶやくと、隣を歩くロドリックもうなずいた。


「俺も見たことがない。さっき、ウサギみたいな生き物がいたけど、羽が生えていた気がする。見えたのが一瞬だったから、見間違いかもしれないけどな」

「ウサギね。さっきみたいな大きな獣じゃないならまだいいわ」

「あんなの、一日に何匹も相手できないからな」


 と、ロドリックもため息をついていた。

 周囲を観察しているうちに森の向こうが見えてきた。明かりが草木の間から漏れている。


 けれど、今は夜のはずだ。森を彷徨ったとはいえ、夜が明けるほどの時間はさすがに経っていない。

 それでも私たち人間は暗い森の中に長くはいられない。明かりを求めてその道を進んでいく。


 ――森を出て、そして私たちが唖然としてしまったのは、そこに広がる光景が昼だったからだ。


 日の昇る朝ですらない。太陽が真上に上がった昼間だ。

 さっきまで赤い月が天心にある夜だった。それが今は明るい太陽に照らされている。


「時間が経つの、早すぎない?」

「……この現象に適当な説明はつけられるか?」

「無理に決まってるじゃない」


 私の方こそ説明してほしかった。

 彼もまた呆然としている。


 この時、何か食べ物の匂いがしたような気がして遠くを見遣ると、壁に囲まれた町らしきものが少し見えた。風が匂いを運んでくる距離なのだから、歩いて行ける範囲だ。


「……ねえ、あそこは町よね? 誰かに助けを求める?」

「誰かって、誰だよ?」


 人のいるところなのだと安心するには早いのかもしれない。

 ロドリックは険しい顔で考え込んでいる。けれど、私の方を見遣り、それから軽く目を細めた。


「でも、あんな獣がうろつくところよりは人間の方がマシか」

「そうね。今必要なのは情報だもの」


 まったく状況がわからない。

 少なくともここがどこなのかを知るべきだ。そうしないと、帰るべき道も探せないのだから。


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