Prologue✤アカイツキ
『その昔、月は赤かったんだよ』
私がまだ幼い頃、兄様が子供部屋で読み聞かせてくれた絵本には赤い月が描かれていた。
これはおかしなことだった。
『お空に浮かぶ月は青いものでしょう?』
月はもっと清い色であるはずだった。
それなのに、夕日のように赤い。
私は赤い月など見たことがなかった。
首をひねる私に、ふたつ年上の兄様はぽっちゃりとした丸顔で優しく笑う。
『それはね、魔法を使いすぎて月の魔力を使いきってしまったせいなんだ』
『魔法って?』
『離れた場所へ移動したり、手を使わずに物を浮かせたり、何もないところに火をつけたり――そんな不思議な技を魔法って言ったんだ。でもそれには月の魔力が必要で、現代ではもう魔法が使えないって言われている』
兄様は少し変わっている。おかしなことを知っているし、それを楽しげに話すのだ。
けれど、それがとても楽しくて、私は兄様の話を聞くのが好きだった。
『ふぅん。見たこともないから魔法なんて知らないし、なくても困らないわ』
『でも、想像しただけでロマンがある話だよね』
兄様はそう言ってうっとりと絵本を撫でていた。その絵本は兄様のお気に入りで、何度も読んだせいなのかボロボロだった。
この時の私はロマンや魔法よりも、ティータイムでどんなお菓子が出てくるかということにしか関心がなかった。
チェリーパイが食べたい気分だったのだ。




