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第1話

「お待たせ致しました。モリアン様」

狼の獣人の種族、ティール族の将軍ラザール・ジャン・マティスは大きな体を屈めて会釈する。

「無事で何よりです。マティス将軍」

モリアンは寝室のベッドに座り、マティスを迎えた。

隣国ゴーレとの国境で起こった衝突に対処するためマティスが軍を率いて向かったのは一か月前だった。

当初は二、三か月はかかるだろうと予測されていたが、マティスはわずか一か月でゴーレ軍を退け、王都へ帰還した。

しかしマティスが戻って来たのは一昨日のことであり、帰還においての事務手続きも昨日済んだはずなのだが、マティスはなぜか今日までモリアンの前に姿を現わさなかった。

その間マティスは、風呂に入り、念入りに毛を手入れしていた。

「あなた様にお会いするからには身を洗い浄めねば、守護神アルマスへの冒涜となります」

自ら戦場を駆けていた頃は、正に獰猛な狼の如しと喩えられたマティスだが、兵士を指揮する立場となるに従ってその勇猛さは鳴りを潜めていった。現在、特に戦場を離れている間は、優雅な紳士然とした態度を崩さず、身だしなみにも非常に気を遣う。

特にモリアンと共に過ごす時には。

「……けれど何も毎回二時間もかけて手入れせずとも」

「いえ、あなた様には私の体を最高の状態で堪能して頂きたいのです」

「語弊があるんだかないんだか」

どちらにしろ外では言ってほしくないけれども。

モリアンはいつもマティスの全身を覆う白い毛をモフモフさせてもらっているのであながち間違いではないが。

「ですので……よろしいでしょうか?」

そしてマティスにとっても、そうしてモリアンに愛でてもらうのは至福のひとときだった。

「ええ、もちろん」

そう言ってモリアンは笑顔で両腕を広げる。

マティスはモリアンの前に進み出て恭しく跪き、モリアンの腕の中に身を預けた。

モリアンは、洗いたての毛で覆われたマティスの体を抱き締める。

マティスも、モリアンの背を抱き返し、その胸に顔をうずめた。

ちなみにマティスは表情ひとつ変えていないが、尻尾はふぉんふぉん揺れているのでモリアンには全部バレている。

「ん~…」

服の上からでも伝わるモフモフ感とぬくもりのおかげで、モリアンは心身の疲労が吹っ飛んでいった。

そしてモリアンが洗いたてふわふわのマティスの頭を撫でると、マティスの尻尾が大回転しそうなほど揺れが強烈になった。

が。

ふいに尻尾の動きが止まり、マティスはモリアンの胸元や首筋ですんすんと匂いを嗅いだ。

「…モリアン様」

モリアンの腕の中でマティスが恨めしそうな視線で見上げてくる。

「またあの修道者の匂いがします」

本当はマティスも名前を知っているのだが、あえてその名を口にしようとはしなかった。

モリアンは、昼間は所属するオグマス修道院で修道者を目指す後進に教師として教え、孤児院の運営にも携わっているほか、研究者として論文の執筆もしている。

マティスが感じた匂いは、モリアンと共にオグマス修道院に所属し、正典および外典の福伝書の研究をしている修道者、ドミニク・レルエグのものだった。

ドミニクは山猫の半獣人であるウィーデ族で、一見にこやかで人当たりもいいが掴みどころがなく、マティスからするといまいち信用ならない男に見えていた。

モリアンも一日の終わりには入浴して新しい服を着ているのだが、嗅覚の鋭いマティスは微かに残っているドミニクの匂いを嗅ぎつけた。

もちろんマティスも、信仰篤いモリアンがドミニクと不義をはたらくなどとは思っていない。モリアンにドミニクの匂いが付きやすいのは、オグマス修道院の書庫に隣接した研究員室で、席が隣だからだった。もちろん研究員室には他の修道者も複数在籍していて、モリアンとドミニクが二人きりになったことは一度も無い。

しかしモリアンから他の男の匂いがすることは本能的にどうしても不快だった。

とはいえモリアンにとってはそれも予想の範囲内である。

「それなら」

モリアンはマティスの琥珀のような瞳を覗き込む。

「あなたの匂いに変えてください。我が聖配(せいはい)、ラザール」

そしてモリアンがそう言ってくれることも、マティスにはわかっていた。

「仰せのままに。我が聖女、モリアン」

マティスはモリアンをそっと抱き上げ、優しくベッドに横たえた。

尻尾がちぎれそうな勢いでぶんぶん振りながら。

マティスがモリアンの上に覆いかぶさると、マティスの大きな体に隠れてモリアンの体は見えなくなってしまうほどだった。

マティスは大柄な人間よりもさらに体が大きい上に、長年の戦闘経験により全身に筋肉がついている。そんな体なのでモリアンに体重をかけてしまわないよう、注意を払いながら抱き締め、モリアンの唇を求めた。モリアンもそれに応えて口を開き、マティスの舌を誘い入れる。

獣人であるマティスの舌は、人間のものよりも大きく長く、モリアンの口の中をすぐにいっぱいにした。濡れた粘膜を熱い舌で愛撫されてモリアンの中に甘い快感が蓄積されていく。モリアンが舌を絡め、マティスの舌を吸うと、マティスは震えながら喉の奥で唸り声をあげた。

唇を離し、マティスは浅い息を繰り返しながら舌なめずりをした。それでもマティスの口元はどちらのものともわからない唾液で濡れていた。

「ゴーレの軍を退け、帰途についている間」

マティスは掠れた声で囁く。

「私の頭の中は、あなたのことでいっぱいでした」

マティスの白い毛で覆われた大きな手がモリアンの頬を撫ぜた。

「私はあなたの聖配にすぎず、あなたから“セカナの秘儀”を与えて頂くだけの立場だというのに」

マティスは微かに眉宇を歪めながらモリアンを見下ろす。

「あなたのことが欲しくて堪らなかった。あなたを抱きたくて仕方なかった」

モリアンの脚に、マティスは腰をすり寄せる。

「ですから、分不相応な欲求を抱いている、この愚かな私めに」

マティスは乱れた呼吸の中から、最も欲しいと望んでいることを口に出す。

「あなた様の手で、罰を与えてはくださいませんか」

マティスの願いを聞いたモリアンは、目を細めて微笑んだ。



 

[つづく]


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