見知らぬ月明かりー4
月の無い夜だった。
どうして誰も通りかからなかったのだろうか。思い出すたび、いつだって浮かぶのはその言葉だ。どうして誰も彼女を見つけなかったのか、と。
「……う、い?」
電信柱の横に、彼女が居た。転がったスクールバッグは文化祭の日だったからだろう、いつもよりも薄くて。仰向けに倒れた彼女は空を見ている。何も映らなくなった、硝子玉の瞳で。
「初、おい」
映っていない。その瞳には何も。それがわかっていながら、それでも声をかける。どうしてそんなところで寝ているんだ、なんて。
小さく開かれた唇から息は漏れない。代わりに、赤黒い液体がこびりついていた。まだ口紅なんて、塗ったこともなかったのに。
「おい、なあ、初、なに、してるんだよ」
触るべきじゃない。さっさと警察に通報しろ。脳は冷静に答えを出している。だから、そうしなくちゃ。わかってる。わかっているのに、紺色のセーラー服、その胸元に手が伸びていた。
「なんだよ、これ」
湿っている。わずかにぬめりのある液体で、胸元が汚れている。生温かいその正体を知っているはずなのに、私はまだ現実を受け入れられない。
「初、なあ」
起きない。瞳は私を見ない。
起きない。唇は言葉を紡がない。
起きない。その顔に、笑顔は浮かばない。
起きない。起きない。起きない。こんなのは夢に決まっているのに──その悪夢は、今も終わらない。