表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/47

月光に手を伸ばしてー8

「な……っ、どういうつもりですか、時雨!」

「どうもこうもねえだろ、クソババア!」


 打ち砕けるだけの力を得たのは何のためか。忘れるはずもない。忘れていいわけがない。私はあの子を守るためにこの力を手にした。あの子を守るためだけに魔術を手に取った。

 なら答えは一つだ。

 なんのために、誰を殺すのか。


「あなた、初を見捨てると言うのですか。初ではなくあの破壊装置を選ぶと!?」


 口からこぼれたのは嘲笑うような笑み。それが強がりでしかないと自分でもよくわかっていた。それでも笑う。笑ってやった。


「初は生き返ることを望んでないからな。私一人の我儘で、あの子の望みを台無しになんかできないだろうが」


 笑う。目の奥が熱くても。

 笑う。頬が引き攣って痛くても。

 笑う。それが嘘かもしれなくても。


「そんなもの、あの人形の想像でしかないでしょう! あんなものは口から出まかせに決まっています。なにより時雨、あなたはもう一度、初と共に暮らしたいのでしょう? あなたの幸せは初と共に人として暮らすことではないのですか!」

「ああそうだ。私にとっての幸せはあの子と一緒に暮らすことだった。あの子と二人で、平和に暮らすことだったよ。私が望んだのは、それだけだった」

「っ、なら、あんな人形の戯言を信じる必要はないでしょう。殺しさない、時雨。その人形を、厄災を、破壊装置を──初のために」


 は、と。笑みがこぼれた。それは強がりなんかじゃなくて、本当に、心の底からのもの。

 笑った。笑ってしまった。笑えてしまった。

 だって。


「ばあさん。私が信じたのは、信じているのは初だよ。ウイの言葉でも、月の言葉でもない。私は他の誰でもない、初を信じてる」

「……どういう、意味ですか」

「まだわからねえのかよ。よく聞けクソババア。本気で初が生き返りたいって望んでるんだったらな」


 願望だ。そうであってほしいという願いだ。それでも私は信じる。信じたいんだ、その未来を。


「たとえ姿が変わっても、記憶を失っていたって、戻ってくるさ、私のところに。思い出すんだよ、大事な感情全部を、自力で──!」


 光は落ち続ける。祖母はもうそれを防ごうとはしない。雷は空を駆けず、流星に立ち向かわず。代わりに空気を切り裂くのは水色の矢。私の右腕が放ち続ける矢だけが降り注ぐ流星群をかき消していた。


「そんな、馬鹿なことを。よく考えなさい時雨。初を生き返らせたとて他の誰も犠牲にはならないのです。ウイの中身は厄災、いずれは殺さねばならぬ定め。そうして月とやらは初なのです。アレとて魂が取り出された今、死んでいるようなものじゃありませんか。思い出す? 戻ってくる? 必要ない。そんな無駄な期待をする必要はどこにもない! ただその魂をその人形に入れるだけ。それで全てが叶う。誰ももう苦しまない。皆幸せになれるではないですか!」

「甘えたこと言ってんじゃねえ、クソババア! 第一月の身体はまだ生きてるだろうが!」


 そうだ。彼女はまだ生きている。たとえその中身が今は外に取り出されているのだとしても、それでもその身体はまだこうして動いている。生きているんだ。

 だけど初は死んだ。あの日胸を貫かれて、身体は確かにその役目を終えた。魂は月と同一なのだとしても、その記憶はもう失われた。死んだんだ、身体も、きっと、その心も。……奥底に眠っているだけかもしれなくとも。それでも今、あの魂は初のものではない。あれはもうとっくに月のものだ。


「初は」


 だから。


「初は」


 紡ぐ言葉が震えた。認めたくない。口にしてしまえば悪夢はついに現実のものとなってしまう。

 それでも。


「初は、死んだんだよ──!」


 叫んだ。認めた。悪夢が現実であることを。それが覚めることなどない紛れもない現実なのだと。

 空を覆うは光り輝く星々。降り注ぐ流星は全てがウイを殺すために。

 空気を青い光が駆けていく。落ちてくる稲妻は、なんのために。


「っ、ウイ!」


 伸ばした手がその身体に触れた。彼女を掴んでそのまま地面を転がる。体勢を立て直す間もなく感じたのは強い魔力の気配。勘だけで、それを打ち払った。


「な──」


 呆然とした声を漏らしたのは祖母。思わず笑みがこぼれる。随分とまあ舐められたものだ。


「忘れたのか、ババア。私はこれでも、お前の跡を継ぐ予定だった女だ」


 たった十数年。この老女に魔術の手解きを受け、偽製魔術師としての鍛錬を行なったのは、たったそれだけ。そこから先は全てが独学。頼れる師はおらず、具体的な目標も描けず、それでも魔術の鍛錬を重ねてきた。

 何のために、誰を殺すのか。


「初のためなら、私は誰であろうと殺す。あの子を守るためなら、私は」


 詠唱は不必要。ただ右腕を構えた。

 視界に映り込むのは引き攣った顔をした祖母。降り注ぐ流星は止まず、けれど雷はとうにその姿を消していた。


「厄災であろうと、カミサマであろうと」


 熱を持つ。右腕が。胸が。目の奥底が。

 枯れ木のような頼りない身体が震えていた。そこに、感情を抱く。肉親の情。師への畏れ。敵対者としての憎しみ。

 でも、そのどれも、この一撃には込めない。


「──実の祖母だって、殺してやる」


 矢を放つ。迷いなく。一切の情けをかけず。全力で。そこに感情は必要ない。もう決めたから。あの子のために、殺すのだと。

 矢は降り注ぐ流星の合間を縫って進んでいく。真っ直ぐに。震える両手が前へと突き出された。自身を守る壁を作り出そうと。

 けれど。


「あ──」


 矢は、その壁を貫く。

 硝子が割れたような音が辺りに響いて、瞬きの後、彼女の胸には赤が滲んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ