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見知らぬ月明かりー3

「あ」


 中学生くらいの見た目をした少女であること。同じくらいだと思った。左目の下には泣きぼくろ。同じ位置にあると思った。笑顔とその仕草が少し、似ていて。少し悲しげなその笑い方が、首の傾げ方や上着を引っ張る力が、私に与えてくる何かが、似ていたんだ。

 それだけ。たったそれだけのこと。でも、そのたったそれだけで私はこの少女にあの子を見てしまった。重ねる理由など、少しもないはずなのに。重ねていいはずが、ないのに。


「──離せ」


 最低だ。だってそうだろう。誰より大切なあの子を、正体もわからぬ存在に重ねてしまうなんて。よりにもよって、カミサマ、だとか、そんなもの──そんなこと、絶対、しちゃいけないのに。


「っ、離せよ!」


 振り払えば、その手はあっさり引っ込められた。響いた大声はあっけなく夜の闇に消えていく。顔を見るのが怖かった。また同じことをしてしまったらどうしようか。もうどうしていいかわからなかった。

 少女は何も言わず。焦茶色のブーツがわずかに動かされたけれど、視界から消えてはくれなかった。


「……お前、何者なんだよ。急に落ちてきたと思ったら、訳のわからないこと言いやがって」

「だから、破壊を司る新米のカミサマですってば。もう、聞いてなかったんですか、時雨ちゃん」

「っ、その時雨ちゃんって呼ぶの、やめろ。馴れ馴れしいんだよ」


 握りしめた前髪がいやに冷えていた。まとまらない感情を息に込めて吐き出してみる。だけどそんなことじゃ何も変わらなくて、仕方なく、言葉を吐き出した。


「……何なんだよ、お前は」


 問いかけに、琥珀の瞳が現れる。その目にあの子を重ねない。その顔にあの子の面影はない。その目に見られて、胸が痛む理由がわからない。私の顔を覗き込む少女は不思議そうに首を傾げていた。


「時雨ちゃん、ですよね?」


 あれー、と納得いかない様子の声に眉を寄せれば、視界からその顔が消える。仕方なく顔を上げてみれば、月と名乗った少女は眉間に皺を寄せ、ますます首を傾げていた。


「なんだよ」


 すっ、と。白く細い指が何かを指し示す。恐る恐るその先を見れば、私の胸元、三日月にアメジストの嵌め込まれたネックレスが目に入った。


「それが目印だよ、って。師匠が言ってたんですけど」

「目印、って、なんの……いや、その、確かに、私は天宮時雨だが」


 改めて少女を見つめる。その顔に覚えはない。ネックレスを指さされる理由だって──ただ、一つ気がついた。彼女のリボンの中心、そこに、私のネックレスと同じ飾りが付けられていることに。


「私、師匠に命じられたんです。時雨ちゃんと暮らすように、って」

「はあ? なんで」

「え、わかりません」

「わからない?」


 はい、と素直に頷かれてますます困惑してしまう。わからないのはこっちの方だというのに、なんで押しかけてきた方も何もわからないんだ。


「とりあえず時雨ちゃんと暮らしなさい、って言われただけですから。ああでも、人間性の勉強のためとか何とか言っていたような」

「……じゃあ理由、それじゃないのかよ」


 成程、と頷いた少女はぽんと手を打つ。彼女は何かしら答えを得られたようだが、私はさっぱり理解できぬままだった。

 人間性を勉強させたいのだとして、どうして私と暮らす必要があるのか。カミサマとやらが、わざわざ、なんで。……そんなもの、私には関係がない。そう。何も関係ないんだ。もう、いや、最初からずっと、私には。


「そうかよ。けど残念ながら私はお前も、お前の師匠とやらも知らない。悪いけど他を当たってくれ。じゃあな」


 手を振って歩き出す。ここでお別れと言ったつもりだった。だが何を勘違いしたのか、少女は私の後ろを着いてくる。無視して歩き続けても、その気配が消えることはなかった。


「おい、さようならと言ったつもりだったんだが」


 辿り着いたアパートの前、もう無視ができなくなって振り返る。少女はまた、こてんと首を傾げていた。その様子が気に入らない。なんでこいつはあの子と似た仕草をするんだ。ただの難癖だ。そんなのわかってる。それでもそう思わずにはいられない。苛立ちを向けられる理由なんて、この少女には少しも無いのに。


「……着いてこられてもお前と暮らすつもりはない。さっさと師匠とやらのところに帰れ」


 しっしと手を振って追い払おうとする。だが彼女は立ち去らず、ゆるゆると首を横に振った。


「そんなこと言われても、帰れないんです」

「帰れない、って、なんでだよ」

「私はその、新米なので。師匠が迎えに来てくれない限り、私、この世界を出られないんですよ」

「はあ? なんだその、無責任放任師匠は。保護者としての責任はどうなってるんだよ」


 思わずため息がこぼれる。ですよねぇ、と少女は呑気に頷いていた。自分のことだろうが。そんな言葉を飲み込んで、背を向けて歩き出す。静かな夜の中、階段を上る自分の足音だけがやけに煩く響いていた。

 帰れない。多分、行くあてもないだろう。わずかに頭を向けて彼女の姿を盗み見る。中学生程度の見た目。あの子とそう変わらない歳の姿をした少女。あの子と、どこか、でも。


「なあ、人間じゃないんだろう、お前」

「はい。何度も言いますが、私は破壊を司る新米のカミサマなのです!」

「……そうか」


 人間じゃない。見ればわかるだろ。本人もそう言っているじゃないか。なら、放っておいて構わない。いや、関わるべきじゃないんだ。人間じゃない奴に情けをかける理由なんて、自分から関わる理由なんてない。それも破壊を司るとかいう、どう考えても危ない存在でしかないものになんて──本当に?

 帰れないと言っている。何処にも行き場がないんだろう。きっとここは知らない世界のはずだ。放っておけば寒い夜を独りで過ごすことになる。いいのか。大人として、それで。


「っ、クソ」


 なら、と。思いかけて、馬鹿な考えを振り払う。だって理由がない。見ず知らずの、正体不明のモノを受け入れる理由なんて。そんなもの、私にあるはずないんだから。


「そんなこと言われても知らないからな、私は!」


 言い切って、自分の部屋に飛び込んだ。少女の顔も見ず、まともに別れも言わずに。

 閉めた扉が立てた音は想像以上に強くて。すまない、なんて声がこぼれて顔を上げる。そこには誰も居ない。じゃあ誰に謝ったんだ、私は。

 握りしめたドアノブは氷のよう。でも簡単に手が離れてしまう。離してしまう。そうして私は、暗いままの部屋へと逃げていた。

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