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見知った夜闇ー6

 扉越しにかけられたおやすみの声が消えて一時間。隣の部屋から、もう物音はしなかった。初はちゃんと寝たのだろう。

 部屋を出て居間に戻れば、暗い中でテレビを見ている月の姿があった。彼女は私に視線を向けないまま、それでも私へと言葉を投げかけてきた。


「時雨ちゃんが部屋にこもってたから、私、ずっとウイと喋ってたんですよ」

「……そうか」


 テレビの音が消える。画面は真っ暗。今、この部屋を照らすものは何もない。


「大したものです。あれじゃあ人間とそう変わらない」


 呟く声に込められた感情はわからなかった。賞賛か非難か、そんなことも。どちらだとしても、私は、あの子を。


「月」


 ゆっくりと、右手を持ち上げる。作り出された魔力のせいだ。指先には淡い水色の光。


「私は、初を殺せない。たとえお前と敵対することになっても──少なくとも、今は、まだ」


 魔力が指先に溜まっていく。ここで始めるつもりはない。それでも精一杯敵意を見せつける。そうしなければ、立っていられないと思った。カミサマの瞳を真正面から受け止める自信なんて、そんなものなかったから。

 振り向かぬまま、月がソファから立ち上がる。溢れ出る魔力は今もまだ見えている。ずっと、初めて顔を合わせた時からずっと見えていた。だから知っている。勝てるはずなどないと。きっと一度が限界。彼女を倒れさせることができるのはありったけの魔力を放って、その一度だけ。でもそれじゃあ月は殺せない。その程度じゃ、このカミサマを殺すことなんてできないだろう。

 心臓が激しく胸を叩く。呼吸は自然と浅くなる。彼女の背に向ける指先が小刻みに震えていた。それが恐怖だと気がついて、笑いそうになる。何を恐れることがあるというのだ。恐れる必要なんてない。だって、もう、この世界には──それでも、何かが怖かった。

 琥珀の瞳が、私を見た。


「──なん、で」


 カミサマではなく、人の少女の顔をした彼女が。

 困ったように眉を寄せて、口元に歪な笑みを浮かべて。だから、撃てなかった。魔力の矢を彼女に放つなんて、できるはずもなかった。だって目の前に居るのは、私が知っている月という名の少女だったから。


「もう、予想通りすぎて笑っちゃいます」


 仕方ないなぁ、なんて言いたげなその笑みは、記憶の中の初が浮かべる笑みによく似ていた。手を下ろす。向けられることを恐れた敵意は何処にも存在していなかった。その事実だけで、私はもう彼女を射ることなどできなくなってしまったのだった。


「ね、時雨ちゃん。提案があるんです」

「……なんだよ」


 小さな足音を立てて、彼女が近づいてくる。


「ウイが暴走しちゃったら、流石に殺さなきゃいけません。だけど、それまでの間なら見逃してあげられます。神社に封じられている厄災本体に、今のところ影響はないみたいですしね」


 俯いた視界の中、彼女が入り込んできた。へにゃりと、仕方なさげな笑みを浮かべた少女が。


「それは、本当か、月」


 ええ、と月は確かに頷いた。それでようやく顔を上げる。真っ直ぐに私を見つめる月は、けれどまたその顔から笑みを消してしまう。でも人の顔をしたままだ。だからもう、恐れはなかった。


「でもね、時雨ちゃん。彼女が限界を迎えたら、その時は殺さなきゃいけません。これは絶対です。そうしなければ彼女自身が周囲に害を及ぼす存在になる。それだけで済めばいい方で、最悪神社に封じられている厄災本体をこの世界に呼び起こしてしまうかもしれません」

「……わかってる」


 わからないほど、愚かじゃない。


「そうですか。では本題を」


 時雨ちゃん、と。呼ぶ声に、その目を見つめ返した。


「もしもウイが暴走したら、私が彼女を殺しますか。それとも、時雨ちゃんが殺しますか」

「────」


 唇を噛み締めたのはわざと。そうしていなければ叫び出しそうだったから。胸元のネックレスを握りしめたのは無意識。それが支えだと知っていた。縋る理由も思い出せないのに。揺れる視界の中、琥珀の瞳を見た。


「私が、あの子を殺すよ」


 口にした。自分の意思で。できるなんて思えないままで。


「……わかりました。約束ですよ、時雨ちゃん」


 そっと差し出されたのは右手の小指。その手はどうしてか、小さく震えている。わずかに首を傾けた月は、笑みを浮かべていた。少しだけ、悲しそうな笑顔を。悲しむ理由なんてこの子にはないはずなのに。


「ああ」


 その小指に、自身の小指を巻き付ける。震えているのがどちらのせいなのか、もうわからない。


「約束だ、月」


 果たせる自信もないままで、琥珀の瞳に頷きを返した。水面に映る満月のように揺れ動く、その瞳に。

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