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見知った夜闇ー5

「おい、月。なんのつもりだ」


 そっと、顔が向けられる。笑みはまだ消えたままで。


「帰ってきて早々に武器を向けて、挙げ句の果てに初を怯えさせやがって。……ちゃんと説明してくれるんだろうな」


 だけど私と目が合った琥珀の瞳には、きちんと感情が宿っていた。困ったように眉を寄せた月は、そのまま自身の横髪をくるくると指に巻きつける。先ほどまでの厳しさは何処へやら。普段と同じ、ただの女の子と変わらないみたいに。


「えーっと、本当に知りたい、ですか?」

「当たり前だ。理由を知らなきゃ何も言えないだろう」

「じゃあ、言いますけど」


 言う、と言ったものの、月はなかなか言葉を口にしない。もにょもにょと唇を動かして、物言いたげな瞳で私を見て。それでも私の意思が変わらないとわかったのだろう。ため息を吐いて、ようやく月は口を開いた。


「アレ、中身、厄災です」

「──は?」


 厄災。初が? そんなわけがない。

 だが月の表情は冗談など口にしていないとわかるものだった。それでも受け入れられない。そんな事実、聞かされていない。


「そんな、わけ。ばあさんは、生きた人形としか」

「……ええ。確かに外側は高度な人形です。けれど問題はその中身。いいですか、時雨ちゃん。何かを動かすためのエネルギーというのはかなり膨大なものになるんです。もちろん、決められたプログラムを実行するだけ、単一の命令に従い続けるだけならばそれほどのエネルギーは必要となりません。けれど相手の言動に合わせて行動したり、それ単体で思考して答えを出させる。そのために必要となるエネルギーが、ちょっとやそっとの魔力や電力で補えると思いますか」

「それ、は」

「無理、でしょう。だからこそ、アレには厄災の一部が使われている。魔力をかき集めるとなれば何処からどれほど取ってくることになるかわからない。でも、あの厄災ならば少しでいい。あれに宿る魔力は膨大なものなので。ま、流石に厄災そのもの、ではないみたいですけどね」


 意味が、わからない。じゃあ祖母は、あの子を生き返らせるために厄災を利用しているというのか。世界の裏側に封じられているという厄災、その一部を。そうまでして生き返らせたいと願うほどの気持ちがあのババアにあったとでもいうのか。あの子が死んでも、涙一つ見せなかったくせに。


「なあ、それ、初は」


 訊ねる声は自分でも驚くほど頼りない。答えを聞くのが怖かった。だってもし、あの子がそれを知っているんだとしたら。

 月はわずかに首を傾げると、とんとんと自分の前髪を叩いた。


「流石に知らないんじゃないですかね。知ってたらあれ、外そうとしないでしょうし」

「あれ、って、髪留めか?」

「ええ。中身が暴走せず、漏れ出さずに済んでいるのはあの髪留めのおかげでしょう。でも、ずっとは無理ですよ。そんなに強力な品ではないようですし」

「強力じゃ、ない……?」


 あの髪留めは厄災の一部を抑え続けるほどの力は持たないと月は言っている。だが祖母がそんな中途半端な品物を作るだろうか。だって──。


「ええ。ですから、あれが壊れれば彼女はそこまでです」


 ……そこまで。そうなったら、どうなる。考えるまでもない。答えは一つしかないのだろう。


「初を、殺すのか」


 震えていた。声も、瞳も、指先も、地面も。揺れる視界の中、月はバツが悪そうな表情をして私から顔を逸らした。それが、彼女の答えだった。


「……すまない。少し、考えさせてくれ」


 それだけ搾り出して、自分の部屋へと戻る。閉じた扉の向こう、ドラマの声とシャワーの小さな音だけが聞こえていた。


「なんで」


 贈り物だと言っていた。連れて帰れと確かに口にした。その先に、私たちの幸せがあると言い切った。


「なんで」


 身体は人形になっていた。けれどその声も喋り方も、仕草も、全てが生きていた頃のままなんだ。それが厄災の力で動いているなんて信じられるはずもない。信じたくない。


「なんで」


 なんで殺さなかったんだ、すぐに。あの子を連れ帰った、その瞬間に。


「どうしたら、いいんだよ──」


 その問いの答えを出すのは自分だ。どうするべきかはわかる。中身は厄災。いずれは髪留めも壊れて抑えきれなくなってしまう。そうなればろくなことにならないのだろう。わかっている。何より、彼女は──そうだとしても、それでも、アレは。

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