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見知った夜闇ー3

「幸せ、って」


 勝手に決めるなと、叫びかけた身体は物音に動きを止めてしまう。怖かった。振り向くのが。怖かった。その顔を見るのが。心臓の音が鼓膜を震わせる。早く振り向けと騒ぎ立てる。動かせない身体は、私の意思を無視して彼女の方へ。


「────」


 部屋の中、少女が立っていた。焦茶色の瞳と目が合う。こてん、と。不思議そうに首を傾げるその仕草に脳が掻き乱される。わからない。その姿に誰を見てしまったのかも。今目の前にいるこれがなんなのかも。やめてほしい。夢なら、覚めて、覚めないで。わからない。わからない。わからない。だけど。


「大丈夫、お姉ちゃん?」


 その人形は、あの日手を取った少女そのものでしかなかった。私を見上げた、人形のようだったあの少女。この家の中でただの一度も笑わず、外を知らず、何も望まなかった少女。その頃と同じ瞳で、その頃よりも成長し、そうして殺されたあの日と変わらぬ姿で、目の前に。


「め、ろ」


 受け入れ難い。受け入れたくない。


「お姉ちゃん、ちょっと、ほんとに大丈夫?」


 怪訝そうなその表情で、あの老女の言葉の意味を知る。生きた人形。その通りなのだろう。身体はどこからどう見ても人形のそれなのに、まるで人間のように表情を変え、言葉を口にする。


「やめ、ろ」


 あの子と同じように。いいや、この少女は。


「ん、クマがある。もしかして、体調悪いのに無理して来たの?」


 目の前の彼女は眉を寄せ、左手を腰に当てる。薄桃色の唇から小さく息がこぼされた。その瞳は、不満そうに私の向こうへと。


「もう、大伯母様ってば、もう少し思いやりを持つべきじゃないの。って、ここで言っても聞こえないんだけどさ」


 この少女は、あの子そのものでしかない。仄暗さを孕んだ声も。その仕草も。紡ぐ言葉も。その全てがあの子そのもの。決してあの子ではないのに、それがわかっているはずなのに。


「──お前は、誰なんだ」


 ようやく口にできた言葉に、焦茶色の目が私を見た。硝子玉のようなそれは、やっぱり幼い頃のあの子のものによく似ている。


「誰、って」


 不機嫌そうに眉が寄せられる。呆れたように息が吐き出される。持ち上げられた右手が乱雑に髪の毛を掻いて、また、下ろされる。その一挙一動、全てに胸が引きちぎられそうになる。


「あの子は、あの子はもう……なのに、なんで」


 あの子と同じ姿で、あの子と同じ声で、あの子と同じように喋るんだ。それじゃあまるで──その先を思い浮かべたくない。続けたいはずなのに、何より願った現実のはずなのに。だけど彼女は無慈悲にも言葉を紡ぐ。


「知ってるよ。私、死んだんでしょう。文化祭の日の夜に、殺されて」

「────」

「けど大伯母さまが生き返らせた。身体はまあ、流石に無理だったみたいだけど。これはそれだけの話」

「それだけ、って」


 でも、できかねない。あの祖母ならば、できてもおかしくはない。

 偽製魔術師には一生をかけて答えを出さねばならない課題がある。お前はその命を使ってどんな魔術を極めたのか──祖母の答えが、今目の前に立つこの少女なのだとしたら。魔法である死者蘇生に最も近い魔術を完成させたのだとしたら。だけどこれは死者蘇生なんかじゃない。だって、なら、どうして。


「もう、お姉ちゃん。やっぱり今日はおかしいよ」

「おか、おかしいのは」


 呼べない。その名前を。認めることになる。違うと。認めることになる。同じだと。


「おかしい、のは」


 本当に、この少女なのか。

 とん。と。私の腕を軽く叩く手に温度はない。あの子の姿を模した人形が歩き出す。静かに歩こうとしているその様も、やっぱりあの子と同じだった。


「ほら、帰ろうよ。ずっとここに居ると、やっぱり気が滅入ってくるしさ」


 認めてしまえと、誰かが耳元で囁いた。認めてしまえば楽になると。受け入れてしまえば何より望んだ日常を取り戻せるのだと。


「ほら」


 差し出された手はやっぱり人形のそれ。見つめる瞳は硝子玉。人間のようなのに、人形であることが隠しきれていない。


「お姉ちゃん」


 その手を、私は。


「……ごめん」


 私は。


「ごめんな、初。お姉ちゃん、ちょっと、ぼんやりしてたみたいだ」


 振り払えない。振り払えるわけがなかった。

 伸ばされたその手を掴む。そこにはやっぱり人の温度はない。けれど元々体温が低かった彼女だ。だから、変わらない。


「知ってるよ。もう、本当に大丈夫なの?」


 ああと頷いて、その頭をそっと撫でた。初はやっぱり怪訝そうに私を見つめて、ふいとその顔を逸らしてしまう。


「うん。帰ろう、初」


 少しの間を置いて、初は顔を上げた。以前と変わらぬ笑みを浮かべて。……だから、変わらないと思った。何も変わってなどいないと。

 以前とは違う青い髪留めが、夜の闇の中で小さく光っていた。

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